「幸村様」
出会いの時以来初めて口にした呼び名で後ろから声を掛けると、一瞬の怪訝の後に幸村が振り返った。
「ん? ……おお、佐助か。一瞬誰かと思ったぞ」
「なんとなく竜の旦那のとこ真似してみたくなったんだけど、やっぱり変かね?」
旦那、と呼ぶようになったのは一体いつのことか。
少なくとも、もうはっきりと思い出せぬ程昔のことには違いない。
だから興味本位で自分から口にしたその呼び名はかなり違和感があった。
「変というか……少し不思議な感じがするな。なんだか俺の忍ではないようだ」
「なに言ってんだよ、旦那。俺が旦那の忍じゃなかったら一体何になっちゃうのさ?」
まるで新しい発見でもしたかのように噛み締めて言葉を呟く幸村に佐助は軽い声を返す。
だが、そんな冗談交じりの声をよそに幸村はまっすぐと佐助を見つめると一つの答えをさらりと告げた。
「俺の佐助だ」
からりと。
まるで何事でもないかのように告げられた言葉は性質が悪い。
況してやそれを言ったのが真田幸村ならばそこに嘘や誇張は一切無く、あるのは真意以外の何物でもないのだから余計始末に終えなかった。
戦忍である猿飛佐助だけではなく、一人の男としての猿飛佐助ですら自分のものだと思惟無く伝える幸村の言葉に不覚にも佐助の顔が赤くなる。
(もうやだ、この人……)
「おい佐助、突然どうしたのだ?」
徐に力なく蹲った佐助の様子を訝しむ幸村に佐助が出来たのは、もう二度とそんな名で呼ぶものかと密かな決意を胸に赤くなった顔を膝で隠すことだけだった。
ローカルサイトで壁打ちして遊んでたときに書いた話お蔵出し。
20061201