言葉ひとつで世界は変わる

「やっぱりさぁ、これからの私たちの関係のためにも君はなおさなきゃいけないところとか改善しなきゃいけないところが沢山あると思うんだよね。目に余るっていうかどうしても我慢ならないことが最近とくに増えてきたし。毎日私はいらいらむかむかしっぱなしだよ。どうしてくれるの。君のせいで私の健康で文化的な生活が脅かされてる。なのに何回言ったって君は改善する気配がないし聞く耳を持たないし、いったいどういうことなの? 少しは誠意を見せてほしい。これまでの話だけじゃなくて今だってそう。確かにネタ作りは大切だけど、今は私の話に耳を傾けるべきだよ。ネタ帳に向かってないできちんと私のほうを見るべき。君のなおさなきゃいけないところその一だよ、これは。何回言ったって聞かないなら、聞くまで何回だって言わせてもらう。とりあえずさっきのがひとつめとして君さ、いい加減あのスーツ着るのやめたら? もちろん君が敬意と矜持と君なりの信念を持ってあのスーツを着てるのは知ってるよ。憧れの人の衣装だっていうのも分かってる。あの人がいなかったら君がこの世界にいなかったかもしれないっていうのも分かってる。でもさぁもうそろそろ卒業すべきなんじゃない。君が駆け出しの木端芸人であった頃ならいざ知らず、もう私たちは自分たちの芸風も道も確立してるじゃないか。あのスーツをすっぱり止めて、芸人としてひとり立ちした姿をみんなに見せてもいい時期だと思う。あの人のおかげで自分はこの世界に入りました、こうして芸人としても身を立てられるようになりました、自分たちの道も見つけました、自分がいまこうしてあるのはあの人のおかげです、本当にありがとうございます。そういう風にあのスーツを卒業することで伝えられる気持ちだってあるんじゃないの? なのに君はいつまで経ってもあのスーツ着てるしスーツ着るために筋トレに励むしお茶の間にその鍛えられた胸筋やら腹筋やら大殿筋やらを晒すし、ほんとどうかと思う。それだけならまだしも君、ほいほい身体触られすぎ。たしかにガヤでの流れとか、どつきあいやツッコミの延長とかでしょうがない場面もある。でもそういうのじゃないのも中には混ざってるだろ。私には分かる。君には分からなくても、私には分かる。昨日の局の廊下の件とかまさにこれだからね。同期だとか付き合いがながいとか気心が知れてるとかそういうのは関係ない。あそこで君の肩さわる理由あった? ないよね? 別に肩なんか触らなくても話できるでしょ。君に触れる必要性が感じられない。なのに君は馬鹿みたいにたのしそうに笑ってるしさぁ、君のそういう危機感のないところ本当にやだ。きらい。むかむかする。危機感がないといえば距離感もそう。君ね、人との距離が近すぎ。なにあれ、パーソナルスペースバグってんじゃないの。確かに誰彼かまわずじゃないね、それは私も分かってるよ。君、ひとりが嫌いなわりには人付き合いとかコミュニケーションとか苦手なタイプだし。でもだからこそいったん自分の懐に入れた人間には距離感あまあまになるだろ。君と誰かが話してるの見て、もしかして付き合ってるのかな……? と思ったこと一度や二度じゃないからね。そのときの私のいらいらむかむかたるや。ほんと反省してほしい。唾棄すべき君の短所だよ。っていうかさ他人との距離感があれだけあまあまなら私との距離感はもっとあまあまになるべきなんじゃないの? いっしょに暮らすくらいはしてもいいと思う。前から言ってるけどいい加減、私のところに引っ越してきなよ。何回言っても君、首を縦に振らないけど、なんでそんなにこの建造物として成立しているのかも怪しいおんぼろアパートがいいのかな。もう芸人一本で食べていけるようになって結構経つんだから経済的な問題は解決してるだろ。もちろん私たちの思い出が詰まってるこのアパートから離れがたいっていう君の気持ちも理解はしてるよ。私だってその気持ちは多少分からないでもない。でも君がここにひとりで暮らし続けるよりも、私たちがいっしょに暮らしたほうがこれからのメリット大きいだろ。いっしょに暮せば私と君の共有時間が多くなるんだよ。ネタ合わせだっていつでもできるようになるし、部屋だって広くなるし、もちろんここと違って風呂完備だしユニットバスじゃないからトイレとは別だしなんならジャグジーだって付いてる。今とは比べものにならない快適な生活を保証するよ。動画配信だって時間の都合つけやすくなるんじゃない? なんならいっしょに住むのは別にいまの私のマンションじゃなくてもいいよ。なにか理想の立地とか間取りとかがあるんなら二人で新しく部屋を探すのでもいい。ここまで譲歩してるのになにが不満なのかな。君の決めたら曲げないそういう一本気なところは時に美点にもなるけど、この件に関してはそうは思えない。だって理由が全くわからないもの。馬鹿の選択といってもいい。今回ばかりは君のその美点が嫌いになりそう。というかもうなりかけてる。これ以上君の嫌いなところを増やさないでほしい。だから今すぐ改善すべき。改善して考えを改めて明日にでも私といっしょに住むべき。なにがなんでもいっしょに住むべき。絶対に住むべき。これからの私たちのために」

「……抱きつきながらあれが嫌いこれが嫌いって言われても説得力ねぇんだよなぁ」
 こたつに入ってネタ帳に向かい、背中に羂索をへばりつけたまま髙羽が言った。
 いつもとは違う話の流れになる可能性もゼロではなかったので念のため、と最後まで聞いてみたが結局いつもと同じ流れだった。数ヶ月前から何度も同じような話をしているが、いつだって何ひとつ変わりがない。成長もない。自分の意見を聞き入れない髙羽に羂索はいったいどういうことなの、と言うがそれはこっちの台詞だと髙羽は思った。思ったが言わなかった。自覚しててこれなのか、自覚してなくてこれなのかは分からないけれど(正直、ほぼほぼ後者だと髙羽は思っている)自分から直接的なことを言うも訊くのもなんだか癪だ。髙羽は手順やセオリーを重んじるタイプである。必要があればそれを無視することもあるが、羂索の件に関してはその必要性を感じない。というかこの件に関してはどのような理由があってもそれを重んじるべきだと思った。人生においてこれほど手順やセオリーが重要になる場面もそうそうない。それを重んじずしてなんとする。
 なので髙羽は振り返ることもなくいつものように羂索の話を右から左に流した。流した結果、「あのさぁっ」と不満を目いっぱい込めた声が後ろから飛んでくるのもいつものことだ。
「ねぇ君ちゃんと私の話聞いてた? 聞いてないだろ、聞いてたら説得力云々なんて話ぜったい出てこない。たとえ出てきたとしてもいま私がした話に関係あるとは思えない。説得力の話なんてしてないんだよ、こっちは。君に改善するべき点があるという純然たる事実の話をしているんだ」
 声は不満と不機嫌で充ち満ちているのに羂索は相変わらず離れないままだった。いったいどういう心理と思考回路なのだろうか。髙羽にはまったく分からない。分からないけれど、このままだといつまで経ってもネタ作りに集中できなさそうなので、髙羽は一応はちゃんとこたえてやることにした。肩にある羂索の顔を振り返る。
「じゃあ純然たる事実の話をするけど、羂索、俺たちの関係ってなに?」
「相方」
「なんの?」
「お笑い芸人の」
「それだけだよな」
「それだけって、長年苦楽をともにしてきた魂の共鳴をしたと言っても過言ではない相方にそれだけっていうのはあまりにもひどくない? 私たちの関係はそんな簡単なものじゃ、」
「いま話してるのはそういうのじゃないから一旦ストップ。とりあえず、俺とお前の関係性を一言であらわすとしたら相方だよな。それ以上でもそれ以下でもないよな」
「そうだね」
「で、今の俺たちの体勢とかさっきお前が俺に言ったこととかこれまでの言動すべてを思い返して改めて考えて欲しいんだけど、俺になにか言うことない?」
「…………とくには?」
「はい、いつもと変わらない進歩のないやりとりどうもありがとうございました! じゃあこの話は今日もここで終わり。というわけで今まで通り、俺の行動改善はないし引っ越しの話もなしな」
「なんで……!?」
 髙羽のこたえに羂索が喚き立てる。髙羽はそんな羂索をおいてネタ帳に向かう。
 良くも悪くもいつもの光景。天下泰平。世はなべてこともなし。
 こうして今日も二人の関係はなにも変わらず、平和に夜は更けていった。


書いてて楽しいしゃべくり羂索 ~恋愛ぽんこつを添えて~

20241004