ハッピー♡バレンタイン

「さあ髙羽、チョコを作ろう」
「……な、なんで?」
「なんでって、君の頭にはたとえ私という恋人がいようと男にチョコをあげるなんていう発想はないだろうと思ってね。ただ黙って待っていても君からチョコがもらえるとは思えない。だが私は君からのチョコが欲しい。出来れば手作りで。上手くできたとか失敗したとか関係ない。それがどんなにゲル状の暗黒スライムと化していたとしても私は君からの手作りチョコが欲しい。なので準備した。無○良品のチョコブラウニーキットから溶かして固めるだけの簡単お手軽セット、生チョコ、チョコレートケーキ、チョコクッキーほか材料道具ありとあらゆるチョコレート菓子を作る準備を整えた。もちろん私も君に作るよ。何もしないで君からチョコを貰おうとするほど私は怠惰でも傲慢でもないからね。並んでふたりでお菓子を作るのもイベントのうちだ。きっと楽しいよ。さぁさぁ私がバレンタインをハッピーに過ごせるかどうかは君にかかっているんだ。というわけで作ろう今すぐ作ろうさぁ作ろうさっきも言ったけど私は君からの手作りチョコがもらえるなら何だっていいんだどれでも好きなものを選んでいいよ」
「ワンブレスで言うじゃん……」

 家にお邪魔して早々、大量のチョコレートやら調理道具やらと、とにかく君の手作りチョコが欲しいと宣う羂索に出迎えられた髙羽のバレンタインはこんな風に幕を開けた。
 開幕から戸惑いの嵐ではあったが羂索の言葉を咀嚼した結果、言われてみると確かにふたりで作るの楽しそうだな、俺も羂索からのチョコ欲しいな、と髙羽が思ったこともありその日はなんだかんだ羂索の希望通りのハッピーバレンタインが開催された。つつがなくチョコレートは完成し、お互いに交換したふたりの夜はそれなりに盛り上がり、たくさんのいい思い出が作られた翌日、髙羽はしあわせな気分のまま自宅へと帰った。
 羂索の家に行く前に用意しておいた、初めての手作りチョコを一度もカバンから出さずにしまったまま。
 羂索はああ言っていたが髙羽にだって恋人にチョコをあげるという発想くらいはあったのだ。普段の趣味嗜好はともかく恋人としての羂索は意外とベタなことが好きだと知っているから、わざわざ手作りまでした。こってこての大きいハートマークのチョコ。ハートの中に「けんちゃんだいすき」って書いてあるベッタベタなチョコ。こってこてのベッタベタだったのは羂索が喜ぶかなという気持ちと、もし羂索がチョコを望んでなかったら笑って誤魔化せるかなというちょっとした保身もあった。
 だがまあ結局そのチョコは日の目を見ることなく、髙羽の自宅へとUターンした。
 羂索は成功失敗関係ないと言っていたが、同じ手作りチョコなら美味しいほうがいいに決まっている。羂索とふたりで作るなら自分ひとりで作ったものより絶対にいいものが出来るはず。そう思ったから昨日は持ってきた手作りチョコのことは言い出さずに、羂索の希望通りふたりで作ったのだ。結果はもちろんその通りになった。
 初めての手作りチョコだって髙羽なりに頑張ってはみたが、やっぱりどこか不格好だし、味見してみたチョコの欠片は湯煎に失敗していてちょっとざらざらしていた。ならあれで良かったのだと思う。手作りチョコが欲しいという羂索の希望は叶えられているし、自分だって羂索からチョコがもらえて嬉しかった。
 とりあえず持って帰ってきた「けんちゃんだいすきチョコ」は初めて手作りのお菓子を作った記念としてスマホで写真を取った後すべて自分の胃袋に収め、人生で一番たのしいバレンタインだったなぁと昨日のことを思い出しながら髙羽はふくふくと笑った。

     ○

 ──数日後。

「あのさぁっ……! 私どんなのでもいいから君からの手作りチョコが欲しいって言ったよね……!?」
「だから手作りチョコはあげたじゃん! ふたりで作ったちゃんと美味しいやつ! 同じ手作りチョコなんだから美味しくないのより美味しいやつのほうがいいだろ!!」
「美味しいとか美味しくないとかじゃなくて君のチョコはぜんぶ欲しいっていう話をしているんだよ! 君の手から作られるチョコはあまねく私のためにあって然るべきだろう……! しかも、初めての手作りチョコ……初めて……私が、余計なことをしなければ……もらえるはずだった、チョコ……っ」
「え、あ……お、おーい、羂索ー……?」
 案の定、髙羽の初めての手作りチョコである「けんちゃんだいすきチョコ」は後日、羂索に知られることとなり、その存在について白熱した議論が交わされた。しかしその議論はそう経たないうちに悲哀を帯びはじめた羂索により論旨を変え、どうしたらそれを失った傷心を癒すことが出来るのかという方向に話が飛んだ。
「やっぱりさぁ、もらえるはずだった初めてを失ったという喪失感は別の初めてをもらうことでしか埋められないと思うんだよね」
「具体的には?」
「チョコレートプレイしよう?」
「ばかやろう!!」

 アブノーマルプレイ断固反対の髙羽となにがなんでも髙羽からの「初めて」の「チョコ」に関する体験が欲しいという羂索の間で侃々諤々の大論争が再度巻き起こったが、その論争の結果はまあ言わずとも明らかだろう。


20240214