ごめんなさい

 ふり絞るような声とともに髙羽の瞳に涙が滲んだ。

「羂索なんかきらいだ……っ」

 傷つけた、そう気づいた時にはもう遅かった。どう考えても引き際を見誤ったのは自分だ。いつもなら言わないことまで、心にもないことまで口にした。勢いが余ったなんて言い訳にもならない。髙羽には関係のないことで神経をささくれ立たせ、それをよりにもよって髙羽にぶつけてしまった。
 周囲には誤解されているかもしれないが、羂索が髙羽を泣かせたことはない。
 賞レースの審査員の批評や観客のアンケートで心ない言葉に涙を滲ませることはあるけれど、羂索が泣かせたことはただの一度もなかった。羂索の言葉がどんなに鋭くても、それは自分や自分たち二人のことを考えているからだと髙羽は知っているからだ。
 だけど、今回のこれは違う。ただ傷つけた。そこに髙羽のことを思うような気持ちはきっとなかった。自分の感情の赴くままに言葉をぶつけた。
 ──きらい。
 あまりにもいとけないその言葉が千の悪意、万の雑言よりも鋭く羂索の胸を切り裂く。きっと羂索が傷つけたのは髙羽の心の最もやわい部分だ。自分がいとおしく思う、誰にも触れさせたくない場所。絶対に誰にも傷などつけさせたくなかった場所。それを他でもない自分が抉った。
 言わなければいけない言葉が出てこない。生まれてからおそらく一度も口にしたことのないそれは、ぐしゃぐしゃになった羂索の心のどこかに埋もれてどうやっても見つけられなかった。はやく、はやく言わないと。だって私が傷つけたんだ。

「髙羽……」

 言うべき言葉が見つからなくて、ただ名前を呼ぶことしか出来ない。
 不意に呼ばれた声に、髙羽の肩がびくりと跳ねた。怯えるようなその様子に自分がどれだけのことをしたのか改めて突きつけられる。
 無意識に出たその反応がきっかけになって、とうとう髙羽の瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。一度流れ出すと止まらなくなったそれをぐしぐしと髙羽が腕で拭う。乱暴にするせいで赤くなった顔が痛々しい。その行為を止めたくても自分にはその術も権利もなかった。それでも無意識に動いた手は届くよりも先に、涙で震えた声に撃ち落とされた。

「たか、」
「~~~~っもういい! 羂索なんか知らねえ……!」

 拒絶するように羂索の声を遮った髙羽が逃げるように部屋を出ていく。伸ばした手は届かなくて引き留める言葉も分からない。ばたばたばたん! と、騒がしい足音とドアの閉まる音がいやに響いた。室内の静けさが耳に痛い。

 ──ごめん、私が悪かった。

 言わなければいけなかった言葉をようやく羂索が見つけたとき、髙羽の姿はもう部屋のどこにもなかった。


この後、髙羽が祓本のところに駆け込むので(羂索にとって)実家に帰られるよりめんどくせぇことになります

20240128