羂索は満月の下に佇む見慣れたマンションを見上げて、ひとつ息を吐いた。
三日間に渡る地方での収録が終わったのは、四時間ほど前のことだ。収録後は必要最低限のことだけ済ませ、すぐに帰り支度を整えて電車に乗り込んだが、それでも家に着くまでにこれだけの時間が掛かってしまった。もうすっかり時刻は夜である。地方での収録もそれが長丁場になることも分かっていたので不満はないが流石に疲れた。
だがここまで来れば愛しの恋人がいる自宅まではあと少しだ。羂索がマンションに向かって足を進めると、エントランスに着いたタイミングでポケットの中でスマホがぶるりと震えた。メッセンジャーアプリを開くと「今日何時ごろ帰ってくんの?」の文字が目に入ってくる。
「ちょうど今マンションの下に着いたついたところ」と返信すると、すぐさまサングラスをかけた青い犬の後ろに「了解!」と文字が入ったスタンプが返ってきた。
いつだったかテレビ局の企画で作られた昔のコント番組のスタンプ。青い犬のキャラクターは正直そんなに可愛いわけではないけれど、髙羽が愛用しているかと思うと何故かそれ自体が可愛く見えてくるから不思議である。
髙羽と出会ってもう六年。相方から相方兼恋人になってからは三年の月日が流れた。
その間に羂索が可愛いと思うもの、楽しいと思うものは以前と比べものにならないほど増えたと思う。ぜんぶ髙羽の影響だ。髙羽が愛用していたり、身につけていたりすれば可愛くないものでも可愛いと思えるし、髙羽と一緒に見たり、体験したことは何気ないことでも楽しく感じられた。でも逆に、髙羽が愛情や好意を向けているものが気に食わなかったりこの世から消し去りたくなったりすることもある。髙羽は羂索が今までどうでもいいと思っていたものに良くも悪くも付加価値を与えてくれた。
髙羽と出会ってからあまりにも感情が揺れ動くので、おかげで髙羽と出会うまでの自分の人生を振り返っても正直記憶が薄いところがある。記憶というか色が薄いというか。振り返ってみても無味無臭なのだ。
大げさではなく羂索の人生を二つに分けるとしたら、髙羽との邂逅以前と以後に分かれるのだと思う。出会ったときはまさかここまで人生を振り回されるとは思ってもみなかった。
予想外、想定外、奇想天外。どういった素養の結果なのかは自分でも分からないが、幼い頃からそればかりを求めて生きてきたと思う。人の基準なんてどうでも良くて、自分が面白いと思えるかどうかが全てだった。二十と余年の人生で様々な面白いを見た。いくつもの輝き、いくつもの混沌。自分の努力の結果で手に入れたものもあれば、突然自分のところに転がり込んできたものもある。だけど、髙羽ほどの面白いに出会ったことはなかった。
髙羽との出会いを思うたび、羂索の胸は感謝の気持ちで溢れた。もちろん羂索は神様なんて信じていないので、その感謝を捧げるのはいるかどうかも分からない神様などではない。自分たち二人にだ。
歯車ひとつずれていたら出会わなかったかもしれない。どちらかが何かを諦めていたら、道を違えていたら一生すれ違うことすらなかったかもしれない。
幾千幾万の選択の果てにきっと自分たちの出会いがあった。だから、二人がめぐり逢ったこの運命を手繰り寄せた自分たちに、羂索は感謝している。
エントランスを抜けてエレベーターへ乗る。そしていくつもの階数を越えてようやく上り着いた最上階の角部屋──そこが二人の愛の巣だ。
お笑い芸人として二人の仕事が軌道に乗り早数年。二人で話し合って、各々のスキルアップと仕事の幅を増やすことを目的に、最近ではそれぞれでピンの仕事も入れるようにしていた。コンビとピンの仕事の割合としては四対一程度。ピンの仕事を始めたことで、二人が離れて行動する姿もだいぶ日常の風景になってきた。おかげで一日離れるくらいはざらにあるが、こちらもプロであるしいい大人だ。それが原因で大きな失敗をしたり、調子を崩したりすることはもちろんない。とはいえ、今回のように三日も離れていたのは流石に初めてだった。
初めてのピンの仕事での三日間の遠征。初めてとはいってももちろん羂索に不安なんてあるはずもなく、ちゃんと結果も残してきた。しかし、それはそれとして疲労はしっかり三日分溜まっている。特に今回、羂索に求められたのはアドリブ力とトーク力なので、身体的なものより頭を常に回転させていた精神的な疲労の方が大きかった。
精神的な疲労はある意味、身体的なものより回復が難しい場合がある。単純に寝て休めば回復するというものでもないし、人によっては回復までに数日かかったりすることもあるだろう。
だけど、羂索は違った。そんな疲れはこのあと自分を迎えてくれるものが吹き飛ばしてくれると知っている。何だったらその為に三日間頑張ったと言っても過言ではないくらいだ。
辿り着いた自宅の前。ドアに鍵を差し入れて、かちりと回す。そのままドアノブを回そうとすれば、自分がそうするよりも先に内側からドアが開かれた。開かれたドアからやわらかな光が漏れて、飛び出してきたそれの下りた前髪がふわりと揺れる。
「おかえり、羂ちゃん!」
「──ただいま、史彦」
三日ぶりに会った最愛が嬉しそうに羂索を出迎える。
羂索の疲れの特効薬。自分を迎える髙羽の弾んだ声と、こぼれそうな笑顔。
それに触れるたび、羂索は疲れが身体から溶け落ちる心地がした。
○
カーペットに座ってソファを背もたれに髙羽を抱きしめながら大きく息を吸う。風呂に入って髙羽を抱きしめて、羂索はやっと人心地が着いた気がした。
細かい時間はともかく、羂索の帰りが夜になることだけは事前に分かっていたため夕飯はすでに各々で済ませてある。なので、やらなければならないことはもう一つもない。あとは会えなかった時間の分、身体を髙羽で満たすだけだ。
すうはあ、と髙羽の肩に頭を埋めて呼吸をしていると、くすぐったそうに髙羽から労いの言葉がかけられた。
「羂ちゃんおつかれ」
「史彦もね。私がいない間どうだった?」
「とくに問題なしよ。俺だってもうそれなりに一人で仕事こなせるからな。羂ちゃんと三日くらい離れてたってちゃんとやれます~。今回だってしっかり爆笑かっさらってきたし」
「えーかわいくなーい。私がフォローしないとおろおろ泣きそうな顔してたかわいい史彦はどこいっちゃったの」
「いやもうそれ何年前の話よ」
顔を上げて拗ねた声を出す羂索に、髙羽がころころと笑う。
会えない時間が愛を育てる、ということがこれに当てはまるのか分からないが、離れたあとにこうやって訪れる二人の時間が羂索は好きだった。会えなかった時間の話を聞いて、体温で、耳で、髙羽に触れるのはまた普段とは違った充足感がある。
ロケで行った手ごねハンバーグが美味しい定食屋に、罰ゲームで乗った日本最速の絶叫マシーン。公園で会った目つきは悪いけど人懐っこい猫と、先輩から聞いた来季から始まるというコント番組の噂、出演した家事番組で知ったお手軽絶品料理の話。髙羽の口から次々と出てくる他愛のない話が心地いい。
「──そのカレーが簡単なのにすっごく美味くてさ、今度羂ちゃんにも作ってあげるからな」
「うん、ありがとう。楽しみにしてる」
直接的に、あるいは間接的に、離れていた間にも自分のことを考えてくれていたのだと節々で教えてくれる髙羽に、身体の奥がじわじわとあたたまる。
本当だったら、あたたまりついでに身体の奥の奥まで髙羽で満たしたかった。明日がオフだったらそれも良かったのだけれど、残念ながら明日は昼からロケである。移動時間も考えるとベッドの上で遅くまで睦み合うのはどうしても難しい。それに一度そういった意図を含んで触れてしまったら、深夜どころか明け方まで離してやれなそうだった。
なので、本当はもっと中まで触れたい気持ちを押し込めて羂索は髙羽を抱きしめるだけで今夜は満足することにした。自分のせいで仕事に穴を開けるのは髙羽がもっとも嫌うところだ。羂索のわがままで髙羽を泣かせたくはない。
そんなことを考えながら、髙羽を抱きしめて話に耳を傾けていると突然「あ、」と髙羽が声を上げた。
「なに、どうしたの?」
「ごめん羂ちゃん、言うの忘れてたんだけどさ、明日の昼のロケ延期だって」
「……は? どうして?」
「なんか行く予定だったピザ屋さんのピザ窯が壊れちゃったらしくて。街ブラのロケだけでも先にするって案もあったらしいんだけど、そもそもメインがそのお店の予定だったからだったらそれだとスケジュールが二日に別れちゃうだけだし、なら一旦無しにして改めて予定組み直そうってことになったみたいよ」
「私、なにも聞いてないんだけど」
「マネージャーさんから連絡あったときに、羂ちゃんには俺から話しときますって言ったからだと思う」
ごめんな、伝えるの遅くなっちゃって……、と申し訳無さそうに肩越しに振り返る髙羽に別にいいよ、と羂索はこめかみにキスを落とした。
「謝るほどのことじゃないでしょ。仕事が急に入ったっていう話ならともかく今回は休みの連絡だしね」
羂索の言葉と触れるだけのやさしいキスに髙羽がほっと表情をゆるませる。
「にしても、そうなると明日は久しぶりに一日オフか」
「だなぁ。半休とか夕方まで休みっていうのはあったけど、まるまるオフって何日ぶりだろ」
明日は好きなだけ寝坊できるな、と笑う髙羽にそうだねと返事を返す一方で羂索の胸にそわりと欲が頭をもたげる。
だったら今夜、髙羽を抱いても構わないのでは?
仕事のことを考えて今日は何もしないでおこうと決めたが、休みとなったら話は別だ。明日一日オフとなった時点で先程まで羂索が考えていた問題点はすべて解決する。昼だろうが夕方だろうが、何時まで寝ていても良いのだから、体力と欲の限界まで髙羽を抱いてもなんら問題はない。この三日間で身体から不足してしまった分、十分に満足するまで髙羽を補うことが出来る。抱きしめるだけで満足する必要なんて一つもないのだ。一日オフなんてそうあることではないのだから、この機を逃すなんてあってはならない。三日ぶりの逢瀬にこんな降って湧いたよう機会が訪れるなど、頑張った自分へのご褒美としか思えなかった。
とはいっても懸念事項がまったくないわけではない。抱くことの問題点はないが、抱くまでの問題点は残っていた。
まず、セックスに対して髙羽の同意が得られるか、ないしは雰囲気で流すことが出来るかということ。
おそらく、羂索が言いくるめれば、髙羽は簡単に流されてくれるだろう。だけど出来ればちゃんと髙羽から望んで自分に抱かれてほしい。三日ぶりに会ったからこそ、久しぶりのオフだからこそ、きちんと二人の気持ちを重ねてセックスがしたかった。自分だけが望んでいるのではあまり意味がない。独りよがりのセックスなどいっそしない方がマシだった。なので、まずこれをクリア出来るかどうかがひとつ。
あともうひとつの懸念として髙羽はすでに風呂を済ませているだろう、ということ。
羂索が帰って来る前に髙羽が風呂に入っていること自体に問題はないのだが、そうなるとセックスの準備にあたりもう一度浴室に行ってもらうことになる。
別に羂索の手で髙羽の準備をすることはやぶさかではないし、出来ることならさせて欲しいとまで思っている。だけど、それだけは髙羽が断固拒否していた。一度、その話で別れる別れないまでいったことがあるので流石に羂索もその点は諦めている。どれだけ羂索が望んでも髙羽は準備だけはさせてくれない。
となると、大変なのは自分ではなくて髙羽だ。髙羽だって離れていたあいだ仕事をしていたのには変わりない。疲れた身体で羂索を待っていてくれた髙羽に自分のわがままで疲労を重ねさせるのは羂索の望むところではなかった。それなら、今夜はゆっくりと休んで、改めて明日の朝に睦み合うのでもいい気もする。
どうしよう。やっぱり今夜は諦めるべきだろうか──と、短い間に羂索が熟慮に熟慮を重ねていると「そういえばさ、羂ちゃんは仕事どうだったの?」と、声がかけられた。
「私?」
「だって、俺ばっかり話してて羂ちゃんから話聞けてねぇんだもん。それに今回の仕事、企画自体初めてのやつだったからどうだったかなぁって」
羂索が今回参加した仕事は、今はもう使われていない田舎のホテルを借りて、与えられたお題を元にアドリブでエピソードトークをしてドラマを作り上げていく、というものだった。ドラマパートとトークパートに分かれており、ドラマパートには台本があるがトークパートにはほぼ台本がない。
エピソードトーク自体は仕事がら何度もしているし羂索も得意とするところだが、問題はすべてアドリブで進んでいくというところである。トークを事前に用意していってもほぼ意味がないのだ。場の空気やトークの流れといったものがあり、いくら鉄板のネタだとしても場にそぐわなければスベり倒すことになる。畢竟、羂索に限らず出演者は全員流れにそったエピソードトークをその場その場で作り上げていくことになった。
一日だけならまだしもアドリブでのエピソードトークが三日分である。最終日、煮詰まった顔で喫煙室で煙草を吸う出演者の姿を羂索は多数目撃した。そういった意味では今回の仕事は難易度の高い部類ではあっただろう。だが──、
「そうだね、大変だったけどやり甲斐という意味では充実した仕事だったんじゃないかな。今まであまり絡んだことのない人たちもいたけれど、あそこにいたのは全員プロフェッショナルだったからね。私としてもいい刺激になったよ。プロデューサー含めて製作陣もよく知っている人ばかりだったから環境としてはやりやすかったし。もちろん、ただこなしただけじゃなくて結果もきちんと残してきたよ。君のこともしっかりトークのネタにしてきたから放送を楽しみにしてくれると嬉しいね」
「ってことはいい三日間だった?」
「少なくとも悪くはなかったと思うよ」
「そっか」
そう言うと「じゃあいいか」と、なんだか思わせぶりな言葉を残して髙羽はくるりと前を向いてしまった。そして、後ろから抱きしめる羂索を背もたれにするように寄りかかってくる。気まぐれになつくようなその様子は機嫌が良さそうにも見えたし、いたずらを思いついた子どものようにも見えた。
髙羽のその様子と残した言葉の意味が分からなくて「いいかって、なにが?」と尋ねると、髙羽は羂索にもたれながら「んー、」と、なんでもないような口ぶりでその問いに答えた。
「あんまねえかなぁとは思ったんだけど、今回の仕事難しそうだったし大変そうだったし、もし羂ちゃんがちょっと失敗とかしたりして凹んでるようならえっちして慰めてあげようかなぁとか思って──」
──なんですと?
「羂ちゃんにかぎって失敗なんてないとは思ったけどさ万が一、万が一な。仕事の内容もだけど、三日も仕事で離れるの初めてだったし。でもこれなら大丈夫そうか」
俺の心配むだに終わってよかったぁ、と言う髙羽の声は意地が悪いほど軽やかだ。
「えっちしないで大丈夫なら、このままもうちょっとごろごろできんね」と、非情なことを言う髙羽を羂索は後ろからぎゅうと抱きしめた。「どしたの?」と、肩越しにもう一度こちらへ振りむいた髙羽はわざとらしいくらいに涼しい顔をしている。そんな髙羽を見つめ返す羂索はというと、涼しさの欠片もない暑苦しいほどに真剣な表情をしていた。
「……史彦、聞いてくれる?」
「なに、羂ちゃん?」
「一昨日から今日までの私はそれはまぁ見事な不幸の見本市でね、まず私の前を黒猫が千匹──いや、二千匹は横切ったな。何が理由か分からないけどその大量発生した黒猫たちが、それはもう私の通行を阻むかの勢いで一歩あるけば一匹、二歩あるけば二匹みたいな勢いで私の前を通るわけ」
あまりにもわかりやすい嘘に髙羽がちいさく笑う。くっくっと息を漏らす髙羽をそのままに、羂索は表情を一切崩さず遠征中にあった存在しない出来事の話を流れるように続ける。
「それだけならまだ良かったんだけど、それだけじゃなくて歩く度に靴の紐がぶつぶつ切れたんだよ、信じられるかい? 靴の紐が切れまくる上に、何故かソールも履き替えた先からぼろぼろになってね。おかげでおそらく五十足は靴をだめにしたし、最終的には私だけ裸足で撮影に望むことになってしまって。周りがしっかり革靴やらスニーカーやらを履いているなかで一人裸足の私のみじめさったらなかったよ。極めつけは、撮影があったホテル。もう使われなくなって久しいとはいえ、まさか最終日に倒壊することになるなんて──。バリバリと割れる硝子窓、ヒビが入りめきめきと崩れ落ちる床、そこかしこで舞う土埃砂埃、最上階で撮影をしていた私たちは取る物も取り敢えず地上へと逃げることになってね。命からがらってきっとああいうことを言うんだろうな、私たちが全員外に逃げ出した瞬間に建物が崩れ落ちてさ、ほんと間一髪だったよ。九死に一生を得られたとはいえ、裸足で逃げたから足は切り傷すり傷がひどいし、服はあちこち破れてぼろぼろになっているし、顔も身体も埃まみれで、とても君に見せられたものじゃなかった」
髙羽は俯いたままずっと肩を震わせている。抱きしめられたまま笑いをこらえる髙羽に顔を寄せて、最後の締めに羂索はやさしい恋人に精一杯、哀れ極まる自分を訴えた。
「ねぇ史彦、なんとも可哀想だと思わないかい? 可哀想だよね。おかげで私はずーっと凹みっぱなしだったし、この三日間はまさに人生最悪の日と言っても過言ではなかったよ。これはもう君に慰めてもらわないと回復できない。立ち直れない。明後日から仕事とか絶対に無理」
「……っ羂ちゃん、かわいそう」
羂索の腕の中で振り返った髙羽の声は笑いで震えていた。こちらを見つめる髙羽の目尻には涙が滲んでいる。涙を浮かべてまで笑ってくれた髙羽に羂索も思わず表情が緩みそうになってしまうが、そういうわけにもいかない。いまの羂索は世界で一番可哀想な男でなければいけないので。
「慰めてくれる?」
「あたりまえだろ。こんなかわいそうな羂ちゃん慰めてあげられるの俺しかいねぇし」
まだ笑いを含ませながらも髙羽はそう言って、羂索の口唇に触れるだけのキスをした。
すぐに口唇から離れた髙羽がいたずらげにこちらに問う。
「……ベッド行く?」
「行く」
○
サイドチェストにある間接照明がほの明るく二人を照らす。髙羽はベッドの中央に羂索を座らせて跨ぐように膝立ちをすると「はい、羂ちゃんばんざーい」と羂索のスウェットを脱がせた。そのままぽいとベッドの下にそれを落とし、ちゅと額に口づけてくる。額の次は眦。そして、こめかみ、頬、鼻先。やさしい口づけを落とすたびに髙羽はくふくふと笑みをこぼして、なんだかとても楽しそうだ。
「史彦、たのしい?」
「たのし~。だって、いつも羂ちゃんから先にしちゃうから俺からすることあんまねぇんだもん」
言われてみれば確かにそうだ。髙羽からのキスがないわけではないけれど、頻度としては圧倒的に羂索からの方が多い。これは愛情の多寡の問題ではなく、髙羽よりも羂索の方が欲を行動にうつすのが早いという、ただそれだけの話だ。髙羽がキスしたいなぁと思うよりも先に羂索からしているので、必然的に髙羽からする機会は少なくなる。
自分からする口づけももちろん楽しいが、これはこれでいいものだなと羂索は思った。子どものような触れ合いが面映くてくすぐったい。髙羽の弾んで溢れるようなその声を聞くだけでも満たされるものがある。
だがそれはそれとして羂索は大人なので、触れるだけでは満たされない部分があるのも確かだった。慰めてくれるというのなら、もっとちゃんと髙羽の熱を感じさせて欲しい。
「史彦」
敢えて言葉にはしなかったが、髙羽は羂索の言いたいことをきちんと受け取ってくれたようだった。眦をじんわりと赤らめると、髙羽はそっと羂索の口唇に口づけを落とした。
ちゅ、ちゅ、と幾度かついばむように口唇が重なる。羂索が薄く口唇を開いたのに合わせて髙羽もあわいをゆるませた。さっきまでのお返しに今度は羂索から舌をすべり込ませて中をさぐる。
「……ん、ぅ……は、ぅんんっ」
歯列をなぞって、口蓋をくすぐって、差し出された舌をぬるりと重ね合わせれば、応えるように粘膜が動いた。
舌を差し入れてもどうしたらいいのかと、ぎこちなくしていた頃が懐かしい。受けとめることが精一杯だった厚い粘膜は今ではだいぶ滑らかに動くようになった。
髙羽が一から覚えたそれはひとつひとつ羂索が教え、髙羽が羂索のために覚えたものだ。羂索が気持ちよくなるために。自分が気持ちよくなるために。二人で気持ちよくなるために。それを思うたび、触れ合う熱とは別の温かさが羂索の胸に満ちた。
ぬるぬると絡まる粘膜が気持ちいい。くちゅり、と時折漏れる濡れた音がさらに二人の温度を上げる。いやらしくて熱のこもったキスに髙羽の呼吸が乱れていく。スウェットの裾から右手を差し入れて、脇腹に触れるとぴくり、と髙羽の身体が震えた。
「ん、ん、……っふ、ぅ、ん」
そのままスウェットの下からゆっくりとなぞり上げていくと、ゆるやかなふくらみに手が触れた。形を確かめるように手を添わせて、軽く指を沈める。ふにり、と沈み込むそれの感触を羂索は手のひらと指のふたつで味わった。むっちりとしたそれはいつだって羂索を歓迎してくれて、手に吸いつくような瑞々しさがあった。張りがあるのにやわらかい。何度触れたって飽きることなんてない。飽きるどころか髙羽の胸は月日が経つごとに大きさとやわらかさが増し、回数を重ねるごとによりいっそう羂索を愉しませてくれた。
強く、弱く、羂索の指や手がふくらみに沈むたび、髙羽の舌がゆるりと動きをにぶくしていく。絡まる粘膜も揉みこまれるふくらみも、どっちも気持ちがよくて与えられる快楽に頭が浸り始めているのだろう。
一度、口唇を離して、それと同時に羂索はゆるく立ち上がった中心を指で挟んだ。
「……ぁっ」と、ふたりの口唇の間で髙羽のあえかな声が甘く弾ける。ちいさいけれど、確かに色が滲んだ声に羂索はかすかに笑んだ。羂索が育てた性感帯。今ではこうして軽く触れるだけでも、羂索に甘い声を返してくれる愛おしい場所。もっとその声が聴きたくて羂索がきゅうきゅうと乳首を摘むと、その度に「んっ、ぁ、……あっ」と髙羽は跳ねるように啼いた。
指でこうして可愛がるのもいいが、羂索は別のやり方で可愛がるのも好きだった。まだスウェットの下に隠されたままのふたつのふくらみ。羂索が暴くのではなく髙羽自身で差し出して欲しくて、羂索はくりくりと乳首をこねながら、髙羽を見上げた。
「ねぇ、史彦」
「ふ、ぁっ……なに、羂ちゃん……っ」
「私、こっちにもキスがしたいなぁ」
こねた乳首を指の腹でやさしくつぶす。熱で潤んだ髙羽の瞳が羂索を見下ろした。
「ぅ、んっ……、羂ちゃん、おっぱいにちゅーしてぇの……?」
羂索は髙羽が自分のこういったおねだりに弱いことを知っている。弱いというかたぶん髙羽は羂索に甘えられるのが好きなのだと思う。普段は羂索が髙羽を甘やかすことが多いから。
口や舌を使った胸への愛撫はいつもしているから、本当はこんなことはおねだりにもならない。だけど、こうして口に出してわざわざ甘えることに、羂索を甘やかしていると髙羽に意識させることに意味がある。羂索を甘やかしているときの髙羽は、なんでも受け入れてしまうような危うい愛らしさがあった。特に閨の場で見られる髙羽のそれは、いやらしさと愛らしさの間をぐらぐらと綱渡りしていて恋人として大変ぐっとくるものがある。
でも、羂索が何よりも好きだったのは、そういったときにこちらを見つめる髙羽の瞳だった。
甘える羂索をしょうがないなぁとでも言うように見つめる瞳が。羂索のことが可愛くて仕方ないのだと教えてくれる瞳が。きっと羂索のことをそんな風に思うのは世界で髙羽だけだろう。だからこそ羂索はそんな恋人が愛おしくてたまらなかった。
つぶした乳首をすりすりと撫でながら、誰よりも可愛くて愛おしい恋人を見上げて羂索はもう一度あまえた声でうかがった。
「そう、ここにちゅーがしたいの。だめ?」
「んふふ、いいよ」
羂索の素直なおねだりをうれしそうに受け入れた髙羽はそう言うと、スウェットの裾を捲り上げていった。引き締まった腰がまず覗いて、その次に鍛えられた腹筋が見えてくる。そしてゆるやかなまるみを描く胸筋と、ぷくりと立ち上がった乳首が姿をあらわした。羂索に甘くいじめられた乳首は早くも少し熟れはじめている。髙羽が捲り上げたスウェットをそのまま脱ぎ捨てる間に、羂索は薄く色づいた乳首に口づけた。
「ん、ぁ……っ」
スウェットを脱ぎ捨てた手が身体を支えるように羂索の肩に落ちる。さっきまで指で可愛がっていた乳首を食んで、その周りをやわやわともみしだくと、そのたびに甘い声がはじけた。「あっ、ぁっ……あ……っ」とはねる声が耳に心地いい。何度聴いても飽きないその声をたのしみながら、乳首に吸いついては舌で転がしていると不意に髙羽の手が羂索の頭に触れた。
「っぁ、ん……なん、か……っ、羂ちゃん……あかちゃんみてぇ……」
そう言うと髙羽はよしよしとでもいうように羂索の頭を撫でた。
思わぬ言葉と触れ合いにぐっと体の奥が熱くなる。自分を甘やかす髙羽が見たいとは思ったが、これは反則ではないだろうか。慈愛に満ちた母親のような髙羽の声とやさしい手つきに、今まで知らなかった扉が開きそうになる。撫でる手はただただ羂索を慈しむようなのに、乳首を食まれて漏れる声は淫靡でその落差に目眩がしそうだった。
無意識に男を煽るような行為にたまらなくなってかしり、と乳首を噛めば「やぁ……っ!」と一際高い声が上がった。
「あっ、けんちゃ……っ、あ、あぁ──っ」
歯で挟んだ乳首を舌先でちろちろと転がす。髙羽の身体からずるりと力が抜けて、羂索の肩に置かれた手だけがぎりぎり倒れ込むのを阻止していた。今にも倒れ込みそうな身体を支えるために胸を揉んでいた右手を髙羽の腰に回す。
ふと視界の端に目をやれば、直接触れていないにも関わらず、もうひとつの胸の中心がぷっくりと立ち上がっているのが見えた。口で可愛がれないそちらに左手で触れ、羂索は薄く色づいている周りから頂きに向けてぎゅうと絞った。
「ひぅっ、や、……あ、ぁっ……!」
絞って、ゆるめて、今度は爪先で先端を掻く。掻いたあとはぴんっと弾いて指の腹でぐりぐりとつぶしてやった。指で可愛がりながら一緒に口に含んだ乳首を噛んで嬲ってやれば、髙羽はもう羂索の上に座り込んで甘い声を上げることしか出来なくなっていた。
「あぁっ……! ぁ、あんっ……けんちゃ、っゃ、あぅっ、あ……!」
「ふみひこ、ひもちいい?」
「やっ、ぁっ、そこで、……っしゃべんな、ぃ……ぁっ、やぁあ……っ!」
ちゅくちゅくと舐めて噛んで乳首を嬲りながら、髙羽のズボンの縁から右手を差し入れて羂索は下着越しに後孔に触れた。髙羽が座り込んだことで余裕が出来た右手でいたずらをするように後孔をかりかりと掻く。もどかしい刺激にひくひくとふちが動くのが布越しにも分かり、羂索は誘われるままぐっと指先を押し込んだ。
「ひ、ぁっ……!」
ぬち、と下着越しに濡れた感触。まだローションも何も使ってはおらず、するはずのない感触に、もしかしてとひとつの考えが羂索の頭をよぎった。
下着の中に手を潜りこませ、直接後孔に触れる。中指を含ませると、くちりとあたたかくぬめった泥濘が羂索の指を包んだ。歓迎するように蠢くそこはすでに少しほころんでいて、指二本くらいなら簡単に飲み込めてしまえそうだった。薬指もいれて一緒に中を探れば、内壁がやわく指を締めつける。いつになく早く懐いてくる内側の様子に、先ほどよぎった考えが確信に変わる。
「ねぇ、もしかして中洗っただけじゃなくて準備までしてくれてた?」
「……あ、ぁっ……だって、けんちゃ……っなぐさめて、あげよ……っ、ておもったか、らぁ……っ」
あまりにもいじらしい恋人の献身に身体の奥で熱以外のなにかが込み上げる。
「ああもう、私の恋人かわいすぎ……っ」
「やあっ……あ、あっ、ぁ……!」
けなげな献身に応えるため、浅いところにあるしこりを中指でぐっと押すと、たまらないというように喘声が跳ねた。びくつく中を拡げるように増やした指を進めていくと、ふわふわきゅうきゅうと内壁が甘えてくる。
じゃあいいか、なんて本気じゃないとしてもよく言えたものだと思う。中にローションまで仕込んで、羂索に愛される準備を整えて、どんな気持ちで羂索を待っていたのだろう。愛しい。愛しい。可愛い。好きだ。溢れる気持ちのまま指を足して丹念に中を愛していく。ばらばらと拡げて、掻いて、そのたびにくちくちと濡れた音がした。
内側からだけではなく耳からも犯されて髙羽の吐息の熱がさらに上がっていく。中指で可愛がっていたしこりを人差し指と薬指で挟み、そうやって逃げられないようにしたそこをぐりぐりと押してやると、びくびくと髙羽の身体が跳ねた。
「や、っ……ぁ、あっ……だめ、けんちゃっ……いっちゃう……っいっちゃうから、ぁ……! ああ、ぁっ!」
「いいよ、イって。史彦のかわいい声もっと聴かせて」
「やぁっ、きょうは……っ、おれがけんちゃ、っん……なぐさめてやるって……っ、きめて……っゃぁ、だめっ……だめぇ……っ!」
もうじゅうぶん慰められている。羂索がいない間も羂索のことを想っていてくれた愛しい恋人。羂索を慰めるために、羂索を満たすために、身体をひらいて待っていてくれた恋人がいる以上のよろこびなんてあるはずがなかった。
愛しい思いをただただ込めて、羂索は髙羽の快楽を追った。羂索に愛された身体は後ろだけでイくことを覚えている。擬似的に挿入したみたいに水音をたてながら指で中を抜き差しすれば、そのたびに髙羽の身体は跳ねた。浅いところから指で届くいちばん奥まで、羂索が触れるところは全部きもちがいいと言うとでもようにひっきりなしにとけた声があがる。
「あっ、ぁう……っ、やあ、ぁっ、あぁ……っ!」
髙羽の腕が羂索にしがみつく。いじめて欲しいと健気に主張するしこりをぐっと押して、羂索は近くまで落ちてきた耳に口づけて言った。
「──イって、史彦」
「ひ──っ! あ、ぁっ、ゃあ、ぁああぁ、ぁあ……っ!」
しがみついた身体がびくびくと痙攣する。内壁が指をぎゅうぎゅうと締めつけて、羂索に髙羽の絶頂を教えた。
絶頂の余韻でちいさく震える身体をやさしく抱きしめる。そのまま背中を撫でてやり、髙羽の呼吸が落ち着くのを静かに待った。
しばらくすると「は、ぁ……、ぅ」と啼いていた声が、はぁ、と籠もった息に変わったのが聞こえ、羂索はぽんぽんと背中をたたいた。
「うん、上手にイけたね」
えらいえらいとそのままやさしく背中をたたいていると、う゛~とむずがるような声が上がる。
「きょうは、おれが先にけんちゃんきもちよくしてやるはずだったのに……」
「その気持ちはうれしいけど、あんな準備までしてくれて私に君を可愛がらせないっていうのは無理があるんじゃない?」
拗ねた瞳が恨めしげに羂索を見下ろす。機嫌をそこねてしまった恋人をゆっくりベッドに横たえながら、羂索は宥めるように頬や額に口づけを落とした。
力が抜けている身体からズボンと下着を一緒に引き抜く。下着の中で達してしまったために、案の定それに包まれていた部分はカウパーやら精液やらでひどい状態だった。
「うわぁ、どろどろ」
「……だれのせいでこうなってるんでしょうね?」
「私のせいだね」
恨みがましく責められているにも関わらず、羂索の声は嬉々としていた。
「別にどろどろだっていいじゃない。それに、だめなんて言ってないでしょ? 史彦が私の手で気持ちよくなってくれてるなら私もうれしいよ」
直裁な言葉に髙羽がう゛~ともう一度唸る。
赤くなった顔を見られないように腕で覆っているが、それに意味はあるんだろうか。髙羽がいまの羂索の言葉に恥ずかしがっているのも、うれしいと思ってしまっているのも羂索にはすべて分かっているのに。
可愛らしい恋人を横目に自分も着ていたものをすべて脱ぎ捨てて、羂索はサイドチェストに手を伸ばした。引き出しからローションボトルを取って、ぶちゅりと手に中身を出す。髙羽が中の準備をしていてくれたけれど、すこし時間が経ってしまったのもあり挿れるにはもう少し足しておいたほうが良さそうだった。ぬめった指先で後孔に触れると髙羽が赤くなっている顔を上げた。
「まだ中いじんの……?」
「うん、ちょっと乾いちゃっただろうからローション足さないと。じゃないと君に怪我させちゃいそうだし」
少しも触っていないにも関わらず、すでに羂索の陰茎はしっかり勃ち上がっていた。自分のものがそれなりに大きい自覚はある。だから絶対に準備は怠りたくなかった。ちゃんとやっておかないと、ふたりともつらくなる。それに、今日は一度挿れたら止められる余裕があるかも分からなかった。余裕ぶってはいるが、正直これまでに何度も理性を試されている。
「……あんまりきもちいいとこ触んないでね」
あまりに可愛らしいお願いに、羂索は「努力はするよ」と笑んで髙羽の頬に口づけた。
ふちがふくれ、縦に割れている後孔にくちゅりと指先を含ませる。脱毛をしている髙羽には無駄なものなど一切なく、いとけなくすら見える身体の後孔が使い込まれている様はあまりに倒錯的だった。
ローションを塗り込めるように指を入れて、もう一度なかを丹念に丹念に潤していく。
さっきは髙羽を高めてやるのが目的だったが、今度のは二人で気持ちよくなるためのものだ。性急には動かさず、髙羽の望み通りなるべく直接的な快感は与えないようにする。しかし、どうしても中は羂索に甘えることがやめられないようだった。
「ん……っ、ぅ、ん、んぁっ……」
甘えてくる粘膜を押し拡げて指とローションを足していく。
幾度かそれを繰り返してぐちゅぐちゅと濡れた音がふたりの耳を侵す頃にはもうすっかり髙羽の身体はできあがっていた。
「けんちゃ、……まだ、ぁ……っ」
意図したわけではないものの、中を拡げるに留めた結果、焦らされたことになった髙羽はとろ火のような快楽にじくじくと焼かれているようだった。指を抜けば、満たすものを求めてひくひくと後孔のふちがうごめいている。
やっと繋がる準備ができた。あと髙羽と繋がるために必要なものはひとつだけだ。
「うん、いまゴムつけるからもうちょっと待っててね」
「ぁ、まって……っ」
その最後の必要なものを取ろうとした羂索を髙羽が止める。
ゴムをつけないと挿れられないし、すこしでも早く繋がりたいのは自分だけでなく髙羽も一緒のはずだ。何故止められるのかが分からなくて、どうしたのだと髙羽のほうを見やると、髙羽は視線をさまよわせながらその制止の意味を答えた。
「……きょう、ゴムつけなくていい」
「え……?」
「きょう、は……、けんちゃんなぐさめる日だから……っ、……だから、ゴムしなくていいの……っ」
そう言うともう一度、髙羽は顔を腕で覆ってしまった。
今日、恋人の愛らしさに頭を抱えたのは何度目だろう。付き合ってもう何年も経つのに、こんなに破壊力いっぱいの恋人がいるのはあまりにも恵まれすぎてやしないだろうか。
快楽だけを追うならゴムなんてない方がいいけれど、そうも言っていられないのが実情だ。髙羽への負担が大きいから、ナマでなんて過去何回か事故的にしかしたことがない。正直めちゃくちゃ気持ちよかったし、お互いに盛り上がった覚えはあるが、だからといってゴムをしなくてもいいかというのは別問題だ。正直、機会を狙っていなかったといえば嘘になる。それでも直接頼んだことはなかった。髙羽から望んでくれれば、なんて考えたことはあったけれど、まさかそれが本当に現実になるとは思ってもみなかった。
恋人が愛しすぎていい加減あたまが馬鹿になりそうだった。叫び出したい気持ちを必死に抑えていると、上半身をすこしだけ起き上がらせた髙羽から「けんちゃん……?」と不安そうな声がかけられた。
「史彦」
「な、なに?」
「いま、暴発しなかった私を褒めてほしい」
「……え、けんちゃん、いま出そうだったの?」
思ってもみなかっただろう羂索の言葉に、髙羽が身体をのそのそと起き上がらせる。
「君があんまり可愛いこと言うからさぁっ、もうほんと、ぎりぎりだったからね」
三こすり半どころか未挿入でとか私の沽券に関わるよ、などと情けないことを真剣な声で言っている羂索に、起き上がった髙羽がふはっと息をこぼした。吹き出すような音に今度は羂索が恨みがましい目を向けると「いや、ちがくて」と、顔を緩ませながら髙羽が言う。
「けんちゃんよろこんでくれるかなぁ、とは思ったけどそんなによろこんでくれるとは思わなかったから」
「恋人にナマでいいって言われて喜ばない男いると思う?」
世の男心を代弁する羂索に「……そ、そっか」と呟くと、髙羽はふやふやと笑った。
「ふへへ、けんちゃんかわいいね」
「かわいいのは史彦でしょ」
真面目くさった羂索の声に髙羽がさらに顔を緩ませる。
髙羽の言動ひとつでこんなに喜んでしまえる自分は、確かに髙羽から見れば可愛い男なのかもしれない。でも顔を赤らめながら、嬉しそうに、恥ずかしそうに笑う髙羽はどう考えても自分よりも可愛いはずだ。なのに、髙羽は誰よりも羂索が可愛いという顔で笑っている。
髙羽が自分のことを可愛いと思うことがあるのは知っているしそれ自体は別に望むところなのだけれど、羂索と髙羽を比べて羂索のほうが可愛いと思っているのだとしたら、それには異を唱えたい。自分の可愛さに無自覚過ぎるのではないだろうか。あと今この場で可愛いと言うのは止めてほしい。可愛いの言葉が羂索自身ではなく暴発云々にまでかけられている気がして、男としては正直あんまり嬉しくない。
そんな複雑な男心など知らない髙羽は「けんちゃんかわいいから、ちゅーしちゃう」とくふんと笑いながら口づけてくる。ちゅ、ちゅ、と幾度か口づけを落としたあと、可愛くなくて可愛い恋人が誘うように口唇を緩めたのを感じて、羂索は舌をすべり込ませた。我ながらちょろくないか、とは思うけれども戯れ合うようなこんなやり取りは嫌いじゃない。素直に誘われた羂索の首に腕を回して、髙羽がそのままゆっくりと背中を落としていく。
「ん……っ、ふ、」
性感を高めるよりも慈しみの気持ちが滲むようなやさしいキスだった。欲よりも心が満たされるようなキス。
幾度も唾液を交換したあとに、口唇を離せばふたりの間を銀糸が繋いだ。かそけないそれが、ぷつりと途切れて、はぁ、と髙羽から熱い息がこぼれた。
髙羽をつぶさないようにベッドに手をつく。じわりと潤んだ瞳でこちらを見上げる髙羽はやっぱりどう見ても可愛いの塊だった。少なくとも羂索の知るなかでこれ以上に可愛い存在はない。
はやく繋がりたいな、と羂索は思った。羂索の陰茎はまだしっかり硬いままで、髙羽の中に入るのを今か今かと待っている。髙羽もだろうけれど、これ以上待つのは羂索も難しかった。
「ね、もう限界だから挿れてもいい?」
羂索の直裁な言葉に、髙羽が頬を赤らめながら「……うん」と頷く。そして、足で羂索の身体を引き寄せると、ぎゅうと羂索にしがみついた。
「……おれもはやくけんちゃん感じたいからさ」
だから挿れてよ、と言う髙羽に羂索は本日何度目かの降参をした。
髙羽の足を抱え上げて、まるく膨れた亀頭で後孔に触れる。
まだ挿れていないにも関わらず、ぷちゅりといやらしい音を立てるそこは、中だけではなくふちまで濡れていて、触れているにすぎない亀頭の先をくぱくぱと食んでいた。はやく、と言葉だけではなく身体でもねだられてよろこびで頭がじんと痺れる。
ようやく訪れたそのときに、羂索は誘われるままぐぷんと、雄を突き入れた。
「──っぅぁ、あ……!」
ふたりの手によって慣らされたそこは一切の抵抗なく羂索の太い陰茎を受け入れた。
ゴムがないおかげで、熱となかのうねりをいつもよりもずっと近く感じる。やわくて、熱くて、気持ちいい。触れたところから熱が伝染るみたいに体温が上がり、羂索は息を吐いてそれを逃した。
「……っは、……史彦、苦しくない?」
「だ、ぃじょおぶ……っ、ぅ、あ……けんちゃ、ん、は……?」
「うん、私もだいじょうぶ」
羂索の言葉に髙羽が汗を滲ませながらふにゃりと笑う。
苦しいことなんてひとつもなかった。雄を包むぬかるんだ肉筒は、空白をやっと満たしてくれたそれに懐くように吸いついている。
髙羽が痛みなど感じないように、気持ちいいことだけを与えられるように、羂索はゆっくりと腰を動かした。
ぬちゅぬちゅと隘路を広げて進んでいくたびに「あっ、……あ、ぁっ」と感じいった声がこぼれる。奥まで進めてまた浅いところまで戻すと、引く動きに内壁が行かないでとでもいうようにうごめいた。引き抜いた陰茎で浅いところを捏ねる。そのまま浅く抜き差しして、しこりをくじるようにまた奥まで進めてやるとびくびくと中がふるえた。
「ひっ、あ、……ぁ、あっ!」
隘路が蠕動して雄を食む。食まれたそれに熱が集まってさらに膨らんで硬くなり、羂索は熱い息をもらした。
「ぁっ、けんちゃ……っ」
質量が増したそれに髙羽が声をとろけさせる。自分を呼ぶ声に促されるまま揺さぶればもっともっとと中がねだった。
──気持ちいい。
雄を包む熱い泥濘が、耳を震わす甘い声が、快楽で潤んだ瞳が、髙羽のすべてが自分を求めている。肉体的な快楽と精神的な法悦が羂索をひたして全身に熱がまわっていく。
体重を乗せるようにしてぐぅっと押し込めば、髙羽のつま先にきゅうっと力が入った。ぐちゅんと突き入れて奥の壁に亀頭でキスをすると抱え上げている足がびくん、と跳ねる。
「あ、ぁっ、ひぅ、……! あぁ……っ」
ストロークをおおきくして中を穿つと、ますます甘い声が上がった。
熟れて、熱の籠もった声。自分を惑わす声。興奮と熱さで息が詰まりそうだ。
揺さぶるたびに中だけの刺激で勃ち上がった髙羽の陰茎がふたりの間で切なげに揺れる。カウパーにまみれたそれは淫らに濡れて、髙羽がどれだけ感じているのか健気に羂索に教えてくれた。
ぱちゅん、ぱちゅんと濡れた音がかるく弾けるたび、甘い痺れが身体中を走っていく。炭酸のぬるま湯に浸かるような、身体の奥からしゅわしゅわとけていくようなそんな心地。同じ快楽を受け取っているであろう髙羽の瞳はいまにも熱でとけそうだった。
「は、ぁ……っ、史彦」
ぎゅうっと奥の方まで挿れてやって愛しい恋人の名前を呼ぶ。ぼんやりとこちらを見上げる瞳に涙で滲んだ羂索が映る。自分を包むぬかるみの心地よさに羂索は目を細めて笑んだ。
「きもちいいね」
羂索のその言葉に、ひくんと内側が震えた。
「ぁ、あ……あっ……うん、きもちい……っ、けんちゃ、きもち、ぃ……ぁっ、ひ、ぁあああ……っ!」
言葉に出したことで改めて快楽を認識したらしい髙羽が啼くように嬌声を上げた。それと連動するようにみっちりと中を満たす陰茎を襞がぬちゅぬちゅと舐めしゃぶる。
「──っう、わ」
精を求める動きを、下腹に力をいれて羂索はなんとか堪えた。自覚した快楽に翻弄されているらしい髙羽はちいさく啼いてずっと内壁を痙攣させている。羂索が動かずとも中を埋める雄を食んでは、髙羽はとぷりとぷりと腹の上で震える陰茎からカウパーを溢れさせていた。
気持ちよくなってくれているのは嬉しいが、ひとりで気持ちよくなっているのは頂けない。髙羽だってふたりで気持ちよくなるためにあれだけ準備をしてくれたのだから、たとえ身体の制御が効かなくなってるとしてもこの状況は本意ではないはずだ。
おしおき半分、髙羽のため半分で羂索は一度おおきく腰を引くと、抱えた身体を折りたたむようにして一気に奥までつらぬいた。
「ひ、ぁ────っ! あ、ぁ、ああ……っ!」
ばちゅんばちゅん、と奥まで突き入れるたび髙羽の声が跳ねる。軽くイっているのか、鈴口からあふれるカウパーには白いものがまじり始めていた。絡みつく粘膜に汗がじわりと滲む。ちゅうちゅうと雄を食む粘膜は腰がとけそうなくらい気持ちがいい。頬を伝った羂索の汗がぽたりと髙羽の身体に落ちると、それすら快楽に変わるらしく髙羽の身体がひくりとふるえた。
「けんちゃ、……けんちゃ、ぁ……っ」
とろけきった声が羂索を呼ぶ。瞳も声も身体も熟れて、かたちを保っているのが不思議なくらいだった。
「……っは、ぁ、どうしたの、史彦」
揺さぶりながら問いかけると、熱に浮かされた髙羽がぽろりと涙をこぼす。
「おなか、……っおなか、さびしぃ……ぃ、あっ」
髙羽の腹がひくひくと震えている。
それは証だった。
ないはずの器官が雄を求めているという証。羂索だけの雌が一番奥に羂索を求める証。
「──っは、」
歓喜で一瞬息が止まる。
羂索に作り変えられて雌のよろこびを知った身体。羂索しか知らない身体。羂索を求めるなかに応じて奥まで突き入れて壁をぐりぐりと抉ってやると「ひ、ぁ──っ!」と、髙羽は高く啼いた。
そのまま奥を捏ねると壁が亀頭をやわく包む。ぢゅぱぢゅぱとなついて壁の奥まで誘い込もうとするそれに、ずくりと腰が重くなる。すっかり結腸まで愛されることに慣らされた身体は、気持ちいいことしか知らないように雄を包んで蠕動している。
そんなに簡単に快楽を感じられる場所ではないはずだ。普通の男の身体だった。羂索に抱かれるまでは、中の快楽など知る由もない身体だった。ましてや結腸なんて、そんな器官があることすら意識したことがなかっただろう。それなのに今や髙羽の身体は中どころか、奥の奥までひらかれないと満たされない身体になってしまった。
「……っ、史彦」
「ぁ、あ、けんちゃ……っ、さびし、ぃ、なか、ぁ……あ、ぁっ」
吸いつく壁にキスを繰り返しながら名前を呼ぶと髙羽ははやく、とぽろりと涙をこぼした。奥の壁にぐう、と亀頭がめり込む感触。壁が綻んだのを感じて羂索はそのままそれの向こうまで突き入れた。
「ひ、ぁっ、あ、ぁああ────っ!」
瞬間、ぐぶん──っ、と人の身体からするはずのない音が確かに聞こえた。奥に嵌められた勢いで、髙羽の陰茎からこぷりと白濁が溢れる。押し出されるにようして溢れたそれが髙羽の腹に白く濁った水たまりをつくって揺れた。内側も腹もびくびくと痙攣して、強すぎる快楽が髙羽を責め立てているのがわかる。
慣らされた身体に痛みはないはずだが、それでも結腸まで嵌められればそれなりの衝撃はあるはずだ。「──ひっ、ひ、」と声を引き攣らせてびくびくと痙攣する髙羽を宥めるように口唇で触れながら、羂索は震えがおさまるのを待った。
呼吸がすこしずつ落ち着いて、熱に浮かされた瞳がぼんやりと羂索を映し出す。
呼吸とともに身体の震えが収まったのを見てとり、羂索はしどけなくゆるんだ口元に口唇で触れた。軽く吸いついてやると、ぼやけた瞳がようやく羂索をとらえる。
「ぁ、けんちゃ……、」
「……落ち着いた?」
「……ぅ、ん、……おなか、……、じんじんする……」
そう言って、髙羽は力の入っていない手で羂索が入っている下腹に触れた。はぁ、とちいさく漏れる息には奥まで満たされた充足感がじわりと滲んでいる。
汗の滲む額を拭ってやり「つらくない?」と、もう一度問う。
「っう、ん、……へ、いき……きもちぃ、から……、」
「ならよかった」
そう言って羂索が笑むと、髙羽はゆるゆると羂索の首に腕をまわした。引き寄せられて自然と押し進める形になった陰茎を雄膣がきゅうと食む。
「だから、……も、うごいて、いい、よ」
いじらしくて淫らで愛しい恋人。その額に口づけを落として、羂索はゆるく律動を再開した。
「あ、……ぁっ、あ……っ」
一度ひらいた奥は羂索をひたすらに歓待して、突き入れるたびによろこんで啼いていた。壁を捲るたびにくぷんくぷん、と淡く弾けるような感覚がする。きもちいい。奥も内壁もぜんぶが羂索に甘えて、気を抜けばすぐに持っていかれそうだった。
ずっと自分を待っていてくれた恋人の、ずっと自分を待ち望んでいた場所。呆気なく終わってしまうのではもったいない。もっともっと味わっていたい。髙羽にもずっと自分で気持ちよくなっていてほしい。そんな想いが滲んだ動きに「あ、ぁああ……っ」と、とけた声が伸びては消えた。
髙羽がいちばん気持ちよくなれるストロークで動いてあげると、壁の向こうに嵌めるごとに奥が亀頭をちゅうっと舐った。被膜がないおかげで直に伝わってくる熱さと動きを改めて噛みしめる。
天上の快楽ってこういうことを言うんじゃないだろうか。ハマったらどうしよう。もうすでにハマりかけている気がするけれど。奥に嵌めたまま腰を回すように捏ねてやると感じ入った声がまた上がる。髙羽もたぶんもうどこもかしこも気持ちよくなってる。
「けんちゃ、ぁ……っ」
涙で滲んだ目で見上げながら、髙羽が息をはずませて羂索の名を呼ぶ。
「ん、なに……?」
「き、もちい、ぃ……?」
そんな健気なことを羂索に身体を揺さぶられながら訊いてくる。いじらしすぎて、いっそびっくりする。おかげで自分で聞いていても胸焼けしそうな声が出た。
「……うん、すっごくきもちいい」
「おれっ……けんちゃ、なぐさめ……っ、られてる……?」
頭も声もゆるゆるなのに、まだそんなことを言っている。こんなところでも真面目なのが、おかしくて可愛くて仕方がなかった。こんなにしっかり慰めてくれていて、疑問形で訊くことなんてひとつもないのに。
「もちろん。……昨日までは人生最悪の日だったけど、今日は人生最高の日だよ」
羂索のその言葉に髙羽がほっと息をつく。そして「……よかった、ぁ」と眦から涙をじわりとこぼして笑んだ。
「~~~~っ」
なんだろうこの可愛い生き物は。
かそけなく、いとけないそれに、興奮なのかよろこびなのか愛しさなのか自分でも分からない感情が羂索の身体を駆けめぐる。
羂索に何もかも差し出してそれがうれしいとわらうこの生き物。羂索のための生き物。
分かっていたのに、分かっていたつもりだったのに、髙羽が自分のもとにある事実が改めて羂索を襲った。
こんなに愛しい生き物がいていいのだろうか。可愛さに打ちのめされて、好きという気持ちで気が狂いそうだ。
大切にしたい、やさしくしたい。でもそれだけではない暴れだしそうになる衝動が生まれて理性が焼き切れそうになる。自分のものだと、髙羽はこんなにも伝えてくれているのに、奥の奥まで暴いて、染め上げて、食べ尽くして、どうしようもなく自分のものだと刻みつけたい欲が溢れて止まらなかった。
「……っ、史彦」
「ぅ、……ん」
羂索の言葉に頷きとも吐息ともとれる音が漏れる。満ちたはずの飢えがまた自分を攻めたてて、ぎりぎりとはいえ理性がいまだに繋がっているのが自分でも不思議なくらいだった。
自分勝手な衝動で傷つけたくない気持ちと、髙羽のすべてを貪りたい気持ちがせめぎ合う。どちらも偽りのない自分の本音。だけど、いまは後者に身を委ねたい思いがどうしても勝った。
求められて、愛情を渡されて、それだけで満足できれば良かったのに、欲深な自分はどうしてもそれ以上を求めてしまう。ぜんぶ自分が悪い。でも、可愛すぎて、愛しすぎて、どうやったって衝動がおさまらない。
一度、それに身を任せたらどうなるか分からないのは自分でもよく分かっていた。だからこそ、理性をなんとか繋ぎ止めて羂索は髙羽に乞うた。
「ごめん……っ、ひどくしていい?」
「…………い……、ぃよ……?」
ほとんど蕩けてしまっている髙羽がちゃんと羂索の言葉を理解できているかは分からない。けれど、今の羂索にとって出来る限界がここだった。
これ以上はどうやったって制御ができない。形だけでもいい。許されて、許して、食べ尽くす許可をもらう。
そして、髙羽のその言葉を最後に、羂索は理性を繋ぎ止めることをやめた。
「──っひ、ぁあっ! あ、ぁっ……! んあ、ぁっ、けんちゃ……っぁ、ぁああ──!」
ばちゅんっ、ぐぶんっ、と抽挿するたびに激しく音が弾ける。熱くて、気持ちよくて、愛しくて、言葉にならない感情でずきずきと頭が痛んだ。ぜんぶ挿れて、奥まで征服してもまだ足りなくて、押し入るごとにもっともっとと身体が訴える。
好きだ、好きだ、好きだ。やさしくしたい。何もかも奪い去ってしまいたい。ずっと大事にする。自分以外見ないで欲しい。ぐちゃぐちゃの感情が身体のなかで暴れまわり、羂索の獣欲的な衝動に拍車をかける。
「ひっ、ぅ、あ、ぁあんっ、ぃ、あ……っ、あぁ──っ!」
髙羽が涙をこぼしているのが分かるのにどうやっても身体は止められなかった。その涙すら興奮材料になって、独占欲と所有欲のすべてが髙羽にぶつけられる。ふちから溢れたローションが泡立ってじゅぶじゅぶと音を立てているのが人ごとのように聞こえた。
濡れた音。肌がぶつかる音。髙羽の嬌声。遠くて近いその音がとっくに焼き切れたはずの羂索の理性をさらに焼いていく。
「けんちゃ、あっ……ちゅー、ちゅーした、ぁっ……ふ、ぅ、んん……!」
すべてを奪う、嵐みたいな衝動。暴虐にも近い剥きだしのそれはいっそ怖がられてもおかしくはないのに、それでも髙羽は羂索を求めた。返事をする間すら惜しくて、羂索はゆるんだ口唇に舌をねじ込んだ。羂索を求めていた粘膜がすぐに絡みついてくる。ぬるぬると唾液を交換して、じゅっと吸ってやれば同調するように中が締まった。絡めた舌も、羂索を舐る泥濘んだ内壁も、ぜんぶぜんぶ馬鹿みたいに気持ちがいい。
「ふ、ぅ……う、んん──ぅ、ぁ──っ」
私のもの。私のものだ。他の誰でもない、私の。
律動が早くなる。溜まり続けた熱がぐるぐるとせり上がってくる。このまま出したい。髙羽の中で。一番奥で。
ほかのことは考えられなくて、欲望がそのまま口から出た。
「史彦……っ、なか、出したい……っ、出させて、出していい?」
「あ……っ、けんちゃ……っ、ぅん、だして、っ、おれも、ほし、ぃ……っ、けんちゃ、……っの、なか、ぁ……っ、あんっ、ぁっ、ひっ、ぁああああ──っ!」
なかにもらえるようにぎゅうっと髙羽がしがみついてくる。最愛の言葉と身体に求められるまま、羂索は最奥に欲を吐き出した。
「あ、あっ──、あぅ、ぁあ……ひあっ」
腰を押しつけて一滴も漏らさないよう注ぎ込む。びゅうびゅうと奥の奥まで精を叩きつけられて内壁がぐねぐねと蠢いた。精を搾り取ろうとするその動きに合わせてマーキングするようにぐりぐりと奥に擦りつける。
余すことなく自分の精で髙羽を満たして、満たして、満たし尽くして、ノイズがかかった思考が少しずつクリアになっていく。
最後の一滴まで注いでやっと獣のような衝動が満たされて、羂索は息を吐いた。
「……っは、ぁ」
いつの間にか下りていた髪が邪魔で雑に掻き上げる。
すこし熱の引いた頭で下を見やれば、髙羽の陰茎は白濁を吹き出して、くたりと力をなくしていた。内側に注がれた精液の熱さに熱が収まらないのか、髙羽は軽く意識を飛ばしながらまだちいさく喘いでいる。
なんとか許しは貰ったとはいえ、突き動かされる衝動のまま奪い尽くすように貪ってしまった羂索は、熱に苛まれている髙羽の額を汗を拭うように撫でた。羂索にすべてを差し出して、羂索のすべてを受け止めてくれた髙羽を労るように額に触れた手をそのまま頬へすべらせる。
少し動いたことで繋がったままの後孔からじゅぷ、と濡れた音がした。髙羽のなかは羂索が注いだものでいっぱいになっている。いつまでも挿れたままでは髙羽もつらいだろうと、そう思い羂索が一度離れようとした時だった。「けんちゃ、ん……」と、ゆるく瞬いて髙羽が羂索の名を呼んだ。
「史彦、ごめん。大丈夫……?」
意識を取り戻した髙羽が頬に触れている羂索の手にそっと己のそれを重ねる。決して強い力でないそれが、羂索の動きを止めた。
不意に触れたそれの淡々しさに羂索が動けないでいると、髙羽はいまだ涙で潤んだ目を細めて笑んだ。
「ぉれ、……い、ぃよって、……いった、じゃん」
その笑みに欲とは違う熱がじわりと羂索の身体のなかに広がる。心地いいのに泣きそうにもなるあたたかさに、羂索の胸がじんとしびれた。
好き、大好き、ありがとう。
全部があふれて言葉にならない。言葉にできないそれを口づけに変えて伝えようとしたら、髙羽が重ねていた羂索の手をやわく握った。
「……ね、けんちゃん」
「……ん、なに、史彦?」
「ちゅー、もっとちゅーしたい……」
さっきのキスだけじゃ足りないとさびしんぼうで甘えたの髙羽が顔を出す。行為の最中や後はいつもより甘えたになるけれど、いまの髙羽はそれ以上だった。
羂索を慰めようとずっと頑張ってくれていたせいかもしれない。それとも、前を触ってイかせてあげることができなかったせいだろうか。意図したわけではないけれど、髙羽は二回とも後ろだけで極めていたし、たぶん軽く甘イキもしていた。
はっきりとした理由は判らずとも同じ想いを抱えていた恋人の求めに否やはなく、羂索はそっと口唇を寄せた。
「は、ぁ……う、ぁ……ぅ、んん」
さびしい気持ちがすこしでも埋まるように、やさしく舌を絡ませる。
先ほどの行為への労りも込めて、慰撫するように口内をくすぐると、ゆるく髙羽は吸いついてきた。舌だけでは足りないかもしれないから、手でもあやすように触れてやる。
首筋を撫でて、耳に触れる。指先で耳朶を触ると、まだ中に入ったままの羂索の陰茎を髙羽がきゅうと締めつけた。一度、吐精したそれがまたにわかに硬くなる。髙羽も自分の中にある雄が硬度を取り戻したことに気づいたのか「……、ぁ」と、消え入りそうな声で啼いた。
「……けんちゃ、」
かそけなくとも、確かに悦が滲んだ声。なにを言われずとも、己の名を呼ぶ甘く蕩けたそれにすべてを悟り、羂索は鼻を擦り寄せて問いかけた。
「史彦……」
「……ん」
「もう一回シよっか」
「…………うん」
こくりと頷いた髙羽に羂索はもう一度、理性の手綱をゆるめた。
○
結局、その後も一度や二度で終わるはずなどなかったふたりの睦み合いは明け方まで続いた。
羂索も正確には数えていないが、少なくともベッドの上で対面座位で一回、後背位で一回、正常位で二回。そして、中に出してしまった精液を掻き出すため移動した風呂場でも二回はした。
それぞれ行為の詳細は省くが、語るのもはばかられるような、なんとも甘ったるい一夜であった。
○
目を覚ましたら目の前に髙羽の平和な寝顔があった。
カーテン越しに入ってくる陽射しは朝というよりもはや昼の装いで、健康的なまでに明るいそれがベッドで眠る髙羽の顔を羂索によく見せてくれている。
昨夜ふたつの意味でずっと泣いていた髙羽の眦はまだすこし赤い。眦だけでなく、いまは服の下に隠れてしまっている身体も羂索がつけた鬱血痕でひどいことになっているはずだ。なのに、髙羽の寝顔はそんなことを一切感じさせないいとけなさに溢れている。
愛らしい恋人の安閑とした寝顔に笑みをこぼして、羂索は腕にそっと力をいれて引き寄せた。
不思議だ。昨夜はあんなに可愛く喘いで、最後の方は出すものもなくなってずっと潮を吹いているような状態だったのに。いまの寝顔からそれを感じさせるものは僅かしかない。それを見るたび、なんだか惜しいような、でもこれでいいような何とも言えない気持ちになる。
それにしても、昨日の髙羽はすごかったな、と羂索は思った。おかげで──なんて髙羽のせいにはしたくないが──制御が効かなくていつもより好き放題してしまった。
決定的に髙羽が嫌がるようなことはたぶんしていないとは思うけれど、それにしても羽目を外しまくっていたことは否めない。慰める、という言葉から想定していた以上のサービスで、昨夜の羂索は理性なんてあってないに等しかった。それくらい昨夜の髙羽はサービス精神旺盛だったのだ。本当に大丈夫だったろうか、と一晩経った羂索が思わず不安になってしまうくらいに。
もちろん、昨夜の髙羽に対して一番おおきいのはありがとうの気持ちだけれど、あれだけ貪って、貪欲に求めても、怖がらずにどこまでも受け入れてくれる髙羽を見ると、献身が過ぎて流石の羂索も心配になってしまう。
ナマで中出しもそうだし、それ以外にも昨夜は初めてさせてもらうお願いをいっぱいきいてもらった。羂索と出会うまでに相方や恋人にあまり恵まれてこなかった髙羽だから、もしかしたら羂索が望むなら、と嫌なこともぐっと飲み込んで我慢してくれてた、なんて可能性もゼロじゃない。羂索が厭う独りよがりのセックスになっていなければいいのだけれど。
昨夜の名残を唯一残す赤い眦を指でそっと撫でる。ありがとうとごめんねの気持ちを込めて目の前のそれに羂索はちゅ、と口づけた。
羂索の口唇がくすぐったかったのか、髙羽がむずがるように「ん、ぅ……」と眉根をよせる。閉じていた瞼がゆるく開いて緩慢に瞬き、夢の世界を揺蕩っていたそれがゆっくりと羂索を映し出した。
「けんちゃ、ん……おはよ」
「おはよう、史彦。……ごめん、起こしちゃった?」
「……んーん、……たぶん半分くらいは起きてた気ぃする。……起きる前からなんとなくいま羂ちゃんにぎゅーってされたなぁ、とかちゅーされたなぁとかぼんやり分かったし」
そう言いながらもまだ眠気が残っているのか、髙羽が羂索の肩口に懐くように顔を擦り寄せてくる。
顔を半分布団に埋めるようにしてしまった髙羽に「そこまで布団被っちゃうと熱くない?」と訊くと「あつくない、ぬくくてきもちいい……羂ちゃんと一緒に寝られる休みさいこう」と髙羽は顔をゆるめながらますます懐いてくる。夜の余韻はもうほぼ残っていないけれど、甘えた気分はまだまだ残っているらしい。
あまりにも可愛らしい仕草と言い分に、昨夜がんばってくれた労いも込めて今日はもう全力で甘やかそうと羂索は決意した。髙羽の背中をぽんぽんと軽くたたくと、寝かしつけるような羂索のその手が心地いいのか、髙羽が深く呼吸をしてこちらに腕をまわしてくる。
「ふへへ、三日ぶりの羂ちゃんだぁ……」
昨夜あれだけのことをしておいて、今もなお羂索を噛み締めている髙羽に思わず笑みがこぼれる。でも言いたいことは羂索にも分かる。快楽に溺れるようなセックスもいいけれど、こういう風にただただくっついてごろごろするのもそれはそれでいいものだ。
両方を共にたのしめる恋人がいるのはこの上なく幸福なことだと思う。自分を求めて、求められるしあわせ。なにもしないを二人でするしあわせ。
改めてそれを実感して、羂索は自分の肩口に顔を埋める髙羽に頬を寄せた。
「史彦」
「んー?」
「昨夜はありがとね」
しあわせだからこそ、こうしてずっと一緒にいたいからこそ、自然とその言葉が口に出た。
「なんだかいっぱい慰めてもらったし、いっぱいお願いきいてもらったし、いっぱい好き放題しちゃったし」
背中をやさしくたたきながら、どれだけうれしかったか、どれだけ元気が出たかをちゃんと伝える。制御がきかなかった反省や謝罪の気持ちも、我慢を強いなかったか訊きたい気持ちもちろんあるけれど、まずは感謝からだ。言わなくても分かるなんて胡座はかきたくないから思っていることはぜんぶ言葉にして伝えたい。
そんな気持ちを込めながら「だから昨夜はありがとう」と、もう一度伝えて締めくくると髙羽がもぞもぞと羂索の胸から顔を上げた。こちらを見上げる髙羽の瞳からは、さっきまで微かに残っていた眠気がほとんど消えてしまっていた。なんでだろう、さっきまで日なたぼっこをしている猫のようにとろんとしていたのに。もしかして、自分の言葉がまどろみの邪魔をしてしまっただろうか。
昨夜たくさん自分を慰めてくれた髙羽に感謝しているのも、それを伝えるのもそんなに変なことだとは思わないのだが、こちらを見る髙羽の表情には疑問符が張りついていた。言っていることは分かるけれど、言われている理由が分からないとでも言いたげだ。
「うーん、……俺、そんなに羂ちゃんにありがとうって言われることしてねぇと思うよ」
「あんなに昨夜、私のために頑張ってくれたのに?」
「そう」
本当だろうか、と自分がやり過ぎた自覚がある故にまだ髙羽の言葉が信じきれない羂索に「羂ちゃんたまに変なとこ気にするよなぁ」と、髙羽が言う。
自分はそんなに変なとこだとは思わないのだが、髙羽としては変なとこらしい。だからといって、髙羽がそう言うなら気にしません、と簡単にいかないのがかなしいところだ。如何せん、やり過ぎた覚えがありすぎる。
「まだ納得できないって顔してんね」
「だってさぁ、途中から理性ぶっ飛びまくってたし、初めてするお願いも色々きいてもらったし、史彦は全部いいよって言ってくれたけど嫌な思いとか我慢とかさせてなかったかなぁって」
恋人がえっちなお願いを沢山きいてくれて不安なんです、なんて傍からみたら馬鹿みたいな悩みだという自覚はあるし、目一杯たのしんでから反省するな、と言われればごもっともとしか言いようがない。しかし、恋人のサービス精神に煽られたとはいえ、欲の限りを尽くしてしまった昨夜のことを冷静に考えるとやり過ぎてしまったのではないか、という不安はどうしても残った。
我ながら面倒くさいなこいつ、と思うがこればかりはどうしようもない。愛情と執着ゆえ、簡単には拭えないそれに「君が好きだから、嫌われたくないんだよ」と、女々しさのかたまりみたいなことを言うと、髙羽が吹き出すように笑みをこぼした。
「もう羂ちゃんはしょうがねぇなぁ」
そう言うと、髙羽は羂索の肩口のあたりからすこし上のほうに移動して、羂索の頭を自分の胸に引き寄せて抱きしめた。
「俺さ、昨夜羂ちゃんにされたことで嫌なことなんて一個もなかったよ。もちろん我慢もしてない」
さっきとは逆に今度は髙羽が羂索の背中をやさしくたたく。髙羽の声は凪いでいて、聞いているだけで落ち着くような響きがあった。
「あとさっきも言ったけど、そんなにありがとうって言われるようなことしたとも思ってない」
やわらかな胸からとくん、とくん、と髙羽の落ち着いた鼓動がきこえる。緊張もなにもないゆったりとしたそれは、髙羽が当たり前のことを当たり前に伝えてくれているのだと羂索に教えてくれた。
「だって、別に奉仕精神でやってるわけじゃねぇもん。俺にも必要だから、俺がやりたいからやってんの。好きな人が頑張ってたら労ってあげたいなぁと思うのも、好きな人に久しぶりに会ったらいちゃいちゃしたいなぁと思うのも、えっちしたいなぁと思うのもぜんぶ普通のことだろ?」
昨夜甘やかしてくれた分だけ今日は甘やかしてあげようと思ったのに、もうこちらが甘やかされてしまっている。帰ってきてからずっと蜂蜜みたいな髙羽の愛情にひたり続けて羂索は骨まで溶けてしまいそうな心地がした。しあわせで死ぬことがあるのなら、まさに今がその時だと思う。
髙羽がくれるもののおおきさに、なんて言葉を返したらいいか分からずただただ抱きしめられるしかない羂索に髙羽はさらに続けた。
「それに、俺、羂ちゃんが余裕なくしてるの見るの好きだし」
俺のことそんなに好きなんだって感じられるから、だから我慢なんてしなくていいよ、と髙羽は言う。何てことはないように、当然のように。
やわらかな胸から顔を上げると、そこには屈託のない表情でこちらを見る髙羽がいた。言葉のすべてが真実だと雄弁に伝えるそれに最後に残った不安の欠片が問い掛ける。
「いいの? 我慢しなくていいなんて言われたら私、好き放題した挙句にいつか君のこと骨までぜんぶ食べちゃうかも知れないよ?」
「羂ちゃんがそれでいいならどうぞ」
でも絶対そんなこと出来ないだろ、と言外に言う髙羽は羂索のことをよく分かっている。
羂索が自分に向ける愛情も執着も、髙羽は羂索が思う以上に分かっているのだ。
離すことも離れることも出来ないと分かっているからこそ、絶対に自分が本気で嫌がることはしないと信頼してくれている。
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。もし本当に俺が嫌なこと羂ちゃんがしようとしたらちゃんとやだって言うし、それでも止まらなかったら血出るまで殴ってでも止めるし」
僅かに残っていた不安の影が魔法のように消えていく。あり得ない「もし」が起きたとしても大丈夫だと、何が何でも止めてやると、赤はご法度をかかげる男がそこまで言葉を尽くしてくれる。
自分に向けられる想いのおおきさに羂索の胸に言葉にならない声がうずまいた。
──好きだ。
どれだけ言葉を重ねても、どれだけ言葉を尽くしても、きっと羂索のこの気持ちをすべて表すことなんて出来ないのだろう。寄り添うようにもう一度髙羽の胸に顔を預けると、あたたかな手が羂索の頭をやさしく撫でた。心と身体がほどけて、自然と深い息がこぼれる。
「史彦」
「なに、羂ちゃん?」
「しあわせ者だねぇ、私は」
「んふふ、だろ~」
噛み締めるような声に髙羽が息をこぼして笑った。
身を包む髙羽のあたたかさ、やわらかさ、心がどこまでも軽く飛んでいきそうなこの心地。こんなに愛しい生き物に、こんなに自分を愛してくれる生き物に出会えた奇跡を改めて思う。
これ以上の奇跡や幸福なんてきっと世界中のどこにもない。幸福感で身体がパンクしそうだ。
正直、叫び出したい気持ちでいっぱいだったけれど、突然そんなことをしたら髙羽がびっくりしそうなので羂索は頑張って耐えた。耐えた結果、幸福感に浸ったゆるい頭から別の心からの気持ちがまろび出た。
「なんかもうえっちで可愛くて私のこと大好きな恋人が家で待ってるかと思うとこれからどれだけしんどいピンの仕事があっても頑張れそう。っていうか頑張る。史彦とのあかるい未来のために」
「今でも充分あかるいのに?」
「このあかるさを恒久的なのものにしたいの」
大真面目にそんなことを言う羂索に髙羽が声をころがして笑った。
今回だってそれを支えにしていたところはあったけど、髙羽本人から言質をもらったとなれば羂索はこれからどんなことがあったとしても無敵になれる気がした。
髙羽とのあかるくて、おもしろくて、愛に満ちた生活を永遠のものにするためにならきっと自分はなんだって出来る。
そんな決意を密かにしていると羂索の頭の上から「じゃあさ」と、軽やかな声が落ちてきた。
「もしまた羂ちゃんが仕事で凹むようことあったらしてやるよ」
「なにを? えっち?」
「ナマと中出しえっち」
ふわふわと上向いた気分のまま胸から顔を上げておどけたように訊いてみれば、予想以上の答えが返ってきた。
いたずらげに笑う髙羽に胸がぎゅうっとなる。胸が痛い。恋人が最高すぎて死にそう。
さっきまでの会話との寒暖差に情緒がエラー起こして、今度ばかりは心の声が大きく外に出た。
「そんなかわいい顔して言うことじゃないんだよなぁ~~! 朝からあらぬところが元気になりそうなんだけど!」
「あらまぁ、付き合ってあげたいけど流石に昨日の今日は無理だから頑張って元気少なくしてね」
やさしくて非情な恋人がよしよしと羂索の背中をやさしくたたく。元気を少なくして欲しいなら、さり気なく抱きよせるのは止めて欲しい。さっきまではあまり意識してなかったのに、身体にあたる胸のやわらかさにあらぬところの元気が更に増しそうだった。羂索だってこのままさせて貰えるとは思っていないから、もちろん宥めてはみせるけれども。
「とりあえずなんとか治めるけどさぁ、つぎ凹んだときは今日できなかった分までしてもらうから覚悟しておいてよね」
「おーおー、それなら今度は昨夜以上に慰めてやるから張り切って凹んできてな」
馬鹿な軽口の応酬。それに、どちらからともなくふたりで笑い合う。
これまで二人で刻んできた愛おしい日々を思う。
これからも続いていく二人の愛の日々を思う。
──一生大切にする。死ぬまで。できれば死んでからも。輪廻転生のその先まで、ずっとずっと。
そんなことを神様でも他の誰でもなく髙羽と自分のふたりに誓いながら、羂索は目の前の幸福を引き寄せてキスをした。
20250125(初出:20240728)