クリア・アンド・プレゼント・デンジャー

「じゃあ、本当の話なのか」
 収録終わりの楽屋で、取るものも取りあえずかけた電話の向こうから「おうよ!」と髙羽の元気な声が返ってくる。
 俺は二人がけのソファーによろよろと座り込みながら、そのこたえに盛大に安堵の息を吐いた。

 ──聞いてください! 来週の火曜に髙羽さんとふたりで飲みに行くことになったんス!

 と、後輩が嬉々とした様子で収録前にそんな報告をしてきたのは今から三時間ほど前のことだ。
 やっとオッケーがもらえたんです、髙羽さんも楽しみにしてるって言ってくれました、何回も何回も断られて挫けそうになったこともありましたけど俺、諦めないで本当によかったっス……! 
 今にも感涙でむせび泣きそうな様子でそう話す後輩に、それは本当の話なのか? なにかの間違いじゃないのか? ちゃんと髙羽本人と話をしたのか? 人づてに許可をもらったとかじゃないよな? お前の勘違いの可能性は一ミリもないのか? 断られすぎてていよいよ幻でも見始めたんじゃないか? 最近、お前仕事が詰まってただろ、疲れてるんだよ。一回病院行こうぜ、俺いいところ知ってるから──などと鬼のようなことを言う強さを俺は持っていなかった。
 こいつが髙羽に懐いていて、一度でいいから髙羽とゆっくり話がしたい、ふたりで食事や飲みに行ってみたいと、ことあるごとに髙羽に声をかけていたことを俺は知っている。長いあいだ絶対に実らないであろういじましい努力を続けていたのも知っている。たぶん俺だけじゃなくて、こいつと髙羽のまわりにいた人間みんながそうだ。あまりにもひたむきな姿に、感嘆と憐憫ふたつの情を覚えていたのはきっと全員同じだろう。
 だがしかし、心を打たれながらも誰ひとりとしてこの件に手を貸す者はいなかった。髙羽に、いい加減折れてやれよと言う者もいなかった。
 なぜなら、別に髙羽自身が断りたくて断っているからではないからだ。
 髙羽だって羂索の許可が下りないから断りまくっているだけだからだ。
 羂索と髙羽の間にどういう約束事がされているのか俺たちには分からないが、ふたりの様子を見る限りとにかく髙羽が誰かと食事や飲みに行くには羂索の許可が必要らしい。
 基本的に羂索同伴なら許可がおりる。羂索同伴でない場合は、複数人での集まりである場合のみ一部許可がおりる。
 一部、というのは複数人でも断られることがあるからだ。髙羽や周囲の人間には分からないチェック項目が羂索のなかにはあるらしく、そのチェック項目をクリアした場合にのみだけ、羂索不在の集まりが許可される。
 くだんの後輩に限らず髙羽とふたりで飲みに行こうとしたり食事に行こうとしたりした人間は過去に何人もいた。いたけれど、その誘いが実行されたことは一度たりともなかった。それくらい羂索のチェックは厳しい。
 事前にお伺いを立ててダメなら、と羂索がいない隙を見計らって仕事終わりにそのまま飲みに連れていこうとした人間も中にはいたが、そんな簡単に羂索という鉄壁の守りが突破できるわけがない。いないと思っても、今がチャンスだと思っても気づけば背後にいるのだ。そして、有無を言わさぬ笑顔で流れるように髙羽を連れて行かれて、ぽつんとそのまま置き去りにされるのがオチなのである。
 置き去りにされたそいつの背中はまるで彼女を寝取られた男のようだった──、とはその現場を目撃した者たちの全員の言である。もしくはBSS(僕が先に好きだったのに)か。どちらにしろ振られ男の気分が味わえること請け合いだ。
 また意図してなのか何なのか分からないが、そういう日に限って羂索がSNSに髙羽と一緒に過ごしている写真を上げるので尚たちが悪い。
 髙羽が作った男飯をふたりで食べてる写真だとか、酒でも飲んだのかいつもより何割か増しで表情が緩んでる髙羽の写真だとかがこれ見よがしに上げられるのだ。
 それが余計に振られ男気分に拍車をかける。何故、アラサー男にアラフォー男を連れ去られただけで振られ男の気分を味わわなければいけないのかは、永遠の謎である。
 あまりにも固い守りと、成人男性にするには過保護すぎる扱いに、オマエは髙羽のなんなんだ? と羂索に対して思っている人間は少なくないだろう。もちろん、俺だってそうだ。でも面と向かって訊くような勇気がある奴は誰もいなかった。おかげで未だもって明確な答えは誰も分からない。まぁ、訊いたら訊いたで「相方ですがなにか?」としれっとした顔で答えられるだけな気もするが。
 羂索だけではなく髙羽にしたってそうだ。いい大人なんだからいちいち相方にお伺いを立てなくてもいいんじゃないか? と思う。だが、しないならしないで何だか恐ろしいことになりそうだ……というのも全員一致の見解だった。
 具体的にどう恐ろしいことになるのかは分からないのが、また恐ろしい。なんとなく漠然とした恐怖感と不安感だけがそこにある。
 だから、羂索に対してだけではなく髙羽に対してだってこの件に関して何か言う者はひとりもいなかった。そして、それが今日まで続いている。
 こういう背景があるために、俺は目の前で喜ぶ後輩の姿に素直によかったなとは言えなかったのだ。
 だって、かなしいけれど絶対に何かの間違いか勘違いに決まってる。ふたりで、という時点でこいつの要望が通るわけがない。
 素直でひねたところのないこいつの気質を俺はそれなりに気に入っている。髙羽ほどではないけれど俺だって慕われているし、俺にとっても可愛い後輩だ。哀しむ顔は出来れば見たくない。一度は叶ったと思った悲願が、夢や幻だったと知ったときの心の痛みはいったいどれほどのものだろう。
 だから、出来るだけ早く真偽を確かめてやったほうがいいんじゃないかと思った。
 間違いや勘違いならせめて傷の浅いうちに教えてやりたい。飲みの日まで期待を膨らませるだけ膨らました挙げ句、髙羽本人に「え、飲み? なにそれ?」なんて言われたとしたら目も当てられない。
 それに間違いだったと知るにしても、髙羽本人に言われるより別のやつから言われた方がまだマシなんじゃないだろうか。こいつの喜びようを見る限り一人で受け止めるにはあまりにもショックな現実だし、必要ならその場で泣き言くらいは聞いてやれる。
 そう思って、俺は収録が終わり次第、足早に楽屋へ向かったのだ。ここ数年忙しくしている髙羽とすぐ連絡が取れるかどうかは分からなかったが、幸いすぐに通話はつながった。そして、俺は後輩には訊けなかったことを訊いたのだ。
 あいつはこれこれこう言っているが、本当にふたりで飲みに行くのか? あいつの勘違いとかじゃないのか? ちゃんとオマエと直接はなしをして決まったことなのか? 人づてにやりとりをして本当は断ったのに話がねじ曲がって伝わっているとかじゃないのか? とにもかくにも本当の話なのか? と。
 そう矢継ぎ早に問いかける俺に対して、突然の電話にも関わらず髙羽は丁寧に答えてくれた。そして、その結果分かったのは紛れもなく後輩の言葉は真実だったということである。
 間違いじゃない。合ってる。今度ふたりで飲みに行く。もちろん、人づてに話したんじゃない。ちゃんと直接会って話した。だから大丈夫。予定もしっかり空けてある。俺だって楽しみしてるんだから。
 噛んで含めるような言葉に、知らず張り詰めていた俺の糸がだんだんとほぐれていく。
 こうして話は、俺が安堵の息を吐いたところに戻るのだ。

「はぁあああああ~~~~~~~」
「あー、うん。なんかごめんな、心配? かけたみたいで」
 精神的疲労から解放されてソファで伸び切っている俺に、スマホの向こうから気遣わしげな声がかけられる。
 別に髙羽が気にすることじゃない。こっちが勝手に心配して勝手に振り回されただけだ。だから、髙羽が謝る必要なんて全くない。
 なのにこういう言葉がすっと出てくるあたり真面目だし、いい奴だよな、と思う。それなりに付き合いが長いから、尖っていたときのことももちろん知っているけれど、元来は素直なやつなのだ。好意には好意を、熱量には熱量を。それが上手くかち合わなくて髙羽が相方と別れてばかりいた頃のことを考えると、羂索と出会えて本当に良かったなと思う。同じ熱量で同じ方向を向いて一緒に走っていける相方と出会えるのはとても幸運なことだ。
 まぁ、それはそれとして今のふたりの関係はどうかと思うが。だが、今さらなので俺はその部分の言葉は飲み込んだ。
「いや、こっちこそ忙しいのに突然電話して悪かったな。あいつの勘違いとかじゃなかったらそれで良いんだ。俺にオマエと飲み行けるって話しに来たとき、あいつ今にも泣きそうなくらい喜んでたからさ。だから、これでもし飲みの話が勘違いとかだったらあまりにも哀れで……」
「俺が飲みに行くのオッケーしたときもめちゃくちゃ喜んでくれたんだけど、まさかそこまで喜ばれるとは……」
「そこは思ってやれよ。苦節いちね──いや、二年か? よくもまぁ諦めずに誘うもんだとは思ったけど、まさかオマエが折れる日が来るとはなぁ」
「折れるって、別に俺だって断りたくて断ってたわけじゃ……」
「知ってるよ。でも、良かったな。後輩と二人で飲みに行くなんてオマエも初めてだろ?」
「おう!」
 ふへへ、とはにかんだような声がスマホの向こうから聞こえてくる。
 楽しみにしてる、というのは紛れもなく髙羽の本心なのだろう。髙羽を前にしたときのあいつは犬っころのように身体全体から好意が滲み出ていたし、あれだけまっすぐに慕ってくれればそりゃ髙羽だって嬉しいに違いない。ずっと断らざるを得なかったこいつとしても念願といえば念願のはずだ。
「あ~、にしてもすぐに電話通じてよかったわ。オマエに確認しないまま次の収録とか絶対無理。宙ぶらりんのままだったらきっと碌な仕事できなかったと思うし、ほんと助かった。そういえばオマエいま家? まだ外いんの?」
「もう家いるよ。今日は早めに仕事上がったから今はネタ作りしてるとこ」
「羂索もか?」
「羂索はまだ局。ピンで大喜利の仕事入ったからそれの収録行ってる」
「へぇ~、ちなみにどこの?」
「ほら、前にドラマ仕立ての大喜利やった──」
 最近髙羽とはゆっくり話す機会がなかったのもあり、そこからは会話に花が咲いた。髙羽が羂索とコンビを組む前はたまに一緒に飲みに行ったりもしていたけれど、ちょうど羂索とコンビを組んだくらいに俺が結婚したのもあって、こういう時間をもったのは数年ぶりだ。
 今日の収録、今度行く海外ロケ、年末の賞レースに向けての動き、来期から始まる新しいネタ番組に、先日行った営業や単独ライブの話エトセトラ。仕事だけではなく、髙羽が羂索とふたりで行った旅行や、俺のうちの子どもがイヤイヤ期に突入したことなど、プライベートのことにまで話はおよんだ。
 どうでもいいといえばどうでもいい話だが、こういう時間も会話も俺は嫌いじゃない。気がねしないからこそ生ぬるい時間が心地よくもあるし、こういうどうでもいい会話からネタが生まれることもある。
 益体もない話でゆるゆると時間が過ぎていく。
 俺はまだ次の仕事への移動まで時間があるが、髙羽はネタ作り中だというし、そろそろ話を切り上げようかと思い始めた頃、唐突に髙羽がちいさく「あっ」と声を上げた。
「そういえばオマエ、何回かドラマ出たことあったよな?」
「ああ、うん。つっても一、二回だけど」
「単発のゲストなんだけど、俺らも今度ドラマ出ることになってさ。それで、ドラマの現場行くにあたって事前にしといた方がいい準備とか心得とかなんかあったら教えてもらえねぇかなって」
「俺らって、羂索とふたりで出るのか?」
「うんにゃ。たまたま俺と羂索それぞれに違うドラマからオファーが来てさ、だから同じクールのドラマには出るけど撮影時期も現場も何もかんもぜんぶ別」
 羂索が来週から撮影で、俺は再来週から、と言う髙羽に感慨のようなものがじわじわと俺の胸に湧いた。
 以前からなんとなく感じていたが、今日羂索がひとりで大喜利番組に臨んでいることといい、ドラマの件といい、最近のふたりはピンの仕事もだいぶ増やしているらしい。だいぶ、とは言っても俺が知る限りでは月に二、三本。だが、以前のことを考えたら破格の数字だ。
 だって前まではピンの仕事なんて絶対してなかった。これはオファーがないのではなく、あっても羂索が断るからだ。
 コンビとしての地歩を固めるのが先、というのが羂索の言い分らしいが正直なところ、ほんとにそれだけか? と思わずにはいられない。それもこれも羂索が髙羽に対してやたらべったりなせいだ。それは本当に相方の距離感ですかねぇ!? というツッコミが出かかったのは一度や二度ではない。
 だが、距離感はともかく少しは事情も変わったらしい。
 ピンチャンの知名度が上がってそれなりに経つし、コンビとしての地歩は充分に固まっている。各々の成長のためにも次のステップに進んでもいい頃だ。芸人として仕事をしていくにあたり、当然といえば当然の流れだが、あの相方至上主義男がその段階に至ったのかと思えば感慨だって深くなる。
「羂索も丸くなったもんだなぁ……」
「え、なに? 突然なんの話?」
「いや、前までは絶対にオマエらピンの仕事受けなかったじゃん。それが多少とはいえピンの仕事増やしてさ、今回飲みに許可出したことといい羂索も成長してんだなぁって思って……」
「別に羂索に許可なんてもらってねぇよ?」
「……は?」
 聞こえた言葉があまりに衝撃的すぎて俺の頭は停止した。
「だって羂索には飲みの話してねぇもん」
「は?」
 続いて聞こえた言葉が更に俺の頭に衝撃を与える。髙羽が話しているのは日本語のはずなのに、まったく理解ができない。というか、頭が理解を拒否していた。
 え、なに? なんて言ったこいつ? 話してない? なにを? 飲みの話を? じゃあ髙羽があいつと飲みに行くことを羂索は知らないってこと? いや、ダメだろそれ。それは話が違うだろ。なにを平然と恐ろしいことを言ってるんだオマエは。
 などという言葉が頭の中でぐるぐるとまわる。だが、それはひとつとして声にならなかった。そんな俺を置いて髙羽がスマホの向こうで話を続ける。
「だって羂索に訊いたら絶対に今回もダメって言うじゃん。あんなに俺のこと慕ってくれる奴なんて滅多にいねぇし、俺だってあいつとふたりで飲み行ってみたかった。だから、羂索に言わなければいいかなって。さっきも言ったけど羂索来週ドラマの撮影があるから、火水泊まりで地方行ってていないんだよ。だからそのときに行けばいいんじゃねぇかなって思ってさ」
 いやいやいやよくないだろ。なに一ついいことはないだろ。なにをどうしていいと思ったんだ。俺にはまったく分からん。たぶん、オマエ以外の全員が分からん。っていうか約束事は? 誰かと飲みに行く前には羂索に話をしなきゃいけないんじゃないのか? 不文律だと思ってたあれはなんだったんだよ。焦りとともに当然の疑問がそのまま口をつく。
「い、いいのか羂索に言わなくて……? だって、オマエらの間でそういう決まりになってるんじゃねぇの……?」
「別にいつの間にかそういう流れになってただけで、絶対事前に羂索に許可をもらわなきゃダメ、なんてそんな約束はしてねぇよ。よくよく考えたら今までがおかしかったんだよな。羂索が当然の顔して行っちゃダメだのいいだの決めるから、俺も当たり前になっちゃってたけど、別に飲みに行くのに相方の了承なんていらないもんな。俺が羂索よりずっと年下で、右も左も分かんないような若手だったらまだ分かるけどさ、俺もうアラサーどころかアラフォーに片足突っ込んだおっさんだよ?」
 自分が誰と飲みに行くかぐらい自分で決めるよ、なんて髙羽は言う。
 髙羽の言うことはもっともで、なんなら周囲の人間みんなが以前から思っていたことだ。
 だが、思っていたけれど誰も言えなかったことだ。
 髙羽が羂索に黙って誰かと二人で出かけたら何か恐ろしいことが起きるんじゃないだろうか、という漠然とした恐怖感と不安感。
 もしかして俺らが勝手にびびっていただけでそんなものはないのだろうか。俺たちより相方である髙羽ほうがよほど羂索のことをよく知っているだろうし、何も感じてない髙羽の方が正しいのかもしれない。
 だけど、長年胸に巣くっていたもやもやとした恐れはそう簡単には拭えない。ひたひたと何が迫ってくるかのような居心地の悪さを鎮めたくて、しつこいと思いながらも俺はもう一度口を開いた。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「もーそんなに何回も訊くぅ? オマエも心配性だなぁ」
 こわごわと問う俺に髙羽が笑いを滲ませて言う。
「大丈夫大丈夫、なんも問題ないって。ちゃんと羂索がいないとき見計らって行くし、もし羂索が泊まんないで早く帰ってきたとしても万が一に備えて言い訳はしっかり考えてあるから!」
「まぁ、オマエがそこまで言うならいいけどよ……」
 不安はあまり拭えなかったが、髙羽がここまで言うのだったら信用するしかない。まだもやもやが残る俺を安心させるように髙羽が得意げに続ける。
「ふっふーん、まぁ見てろよ! 俺にだって後輩とふたりで飲みに行く権利はあるんだ! 準備も言い訳もこれ以上ないくらいばっち、」
「へぇ、言い訳……。なんの?」
 ──瞬間、空気が凍った。
 り、と続くはずだった髙羽の言葉が形になる前にどこかに消える。周囲から音がなくなり、跳ねた自分の鼓動の音だけがやたら大きく聞こえた。
 首元にナイフでも突きつけられたかのような鋭利な緊張感。一ミリでも動いたら死ぬ、そう背筋を震撼せしめる何がかスマホの向こうにはあった。
 身体が固まって話すことも電話を切ることもできない俺の耳に髙羽の乾いた声が聞こえてくる。
「け、羂索……?」
「ねぇ、髙羽。私の聞き間違いじゃなければなにやらとても興味深い単語が聞こえたんだけど」
「え、えっと、……その、羂索さん……? ど、どのあたりから聞いて……?」
「そうだね、私がいないとき見計らって云々くらいからかな?」
「そ、そうですか…………あー、いや、あの……け、羂索、これには、その……、えーっと……なんていうか、すっごい深いわけがありましてですね……っ」
「へぇ、深いわけ。いいよ、聞こうじゃないか。私がいないときに君が何をするつもりだったのか、一体どんな面白い言い訳をしてくれるつもりだったのか私もすっごく興味があるよ」
「え、いやぁ、そんな興味を持ってもらうほどのことじゃ……」
「どうしてだい? 大切な君のことだよ? 君に関わることで今まで私が興味を持たなかったことがあったかな?」
「あ、あったんじゃねぇかなぁ……?」
「あははははー君にしては面白い冗談だね。もし君に本気でそう思われていたんだとしたら私も行動を改めなきゃいけないな」
「……えーっと、あはは、そ、その……あ、あのな羂索、」
「良かったね髙羽、明日がオフで。夜は長いし、君の深いわけとやらを聞く時間はたっぷりあるよ。それに、私の方からも君に教えなきゃいけないことがいっぱいあるみたいだ。まぁ、こんなところで長話もなんだし、ちょっと移動しようか」
「うわっ、ちょ、ちょっと待て! た、立てる……! 俺、自分で立てるって……!! ってか別に話すのここでもいいだろ、なんでベッ──」
 そこで、ぷつりと音が途切れた。
 後に聞こえるのは通話終了の電子音だけ。
 しばらくその電子音を聞いたあと、俺は固まっていた身体をなんとか動かしてスマホを下ろした。
 ──やっぱりダメだったじゃねぇか。
 だが、一瞬で寿命を二十年ほど縮めた俺の身体から声が出ることはなかった。
 だって俺はこの件にはなにも関係ない。俺はなにも悪くない。飲みに誘ったのは俺ではないし、羂索に黙って髙羽が飲みに行こうとしたのも俺のせいではない。
 何か一言でも発すれば、そういった無関係という事実が消え失せそうな気がして、俺は固く口を閉ざすことしかできなかった。
 今まで羂索と髙羽の周囲にちりばめられていた点と点。不可抗力にも耳にしてしまった会話のせいでそれらが今はっきりと線を結びそうだったが、俺は敢えて深く考えることをしなかった。
 ついでに、先ほど聞いた会話もすべて聞かなかったことにした。電話が切れるときに微かにベッドとかいう単語が聞こえた気もしたけれど、それも含めてすべてなかったことにした。俺が長生きするためには、絶対にそうした方がいいと思われたからだ。
 
 その後、髙羽と後輩の飲みの話が流れたのは言うまでもない。


20250212