「髙羽、これはなに?」
「…………けんじゃくくん一号です」
「あ゛?」
狭いおんぼろアパートの一室に地の底に届くような声が響いた。
かたや胡座をかきながら腕を組み、かたや正座をしながら顔を伏せてと、それはどう足掻いても恋人になって三ヶ月目の幸福指数を日々更新し続けているカップルの姿には見えなかった。
家主不在の部屋に当然のようにいた相方兼恋人の姿に「あ、羂索来てたんだ」などと、にこやかな笑みを浮かべていた髙羽のふわふわした空気など、もうこの部屋のどこにもない。
羂索だって別に好きこのんで髙羽から笑顔を奪いたいわけではない。しかし、人間には許せることと許せないことがある。帰ってきたときに入浴道具一式を抱えていたあたり銭湯にでも行っていたのだろうが、正直そんなことはどうでもよかった。風呂上がりの前髪を下ろした髙羽の姿でさえ何の助けにもなりはしない。普段よりも幼さが増す髙羽のその姿を密かに羂索は気に入っていたけれど、今のこの場ではいっそ憎たらしくなるばかりであった。
羂索は憤懣やる方ない思いを抱えながら、改めて二人の間に鎮座しているそいつを睨みつけた。
それなりの太さを有し、棒状でありながら緩やかな曲線を描き、先端部分には傘のような瘤がついているおおよそ十センチほどのピンク色の物体。
髙羽曰く、けんじゃくくん一号。
羂索の怒りと嫉妬の原因であり、髙羽が羂索に詰め寄られることになった原因。
それはつまり、──ディルドであった。
時を遡ること三十分ほど前のことである。
髙羽のアパートを訪れた羂索は、家主の不在を知るといつものように合鍵を使って部屋に入った。
勝手知ったると言わんばかりの行動だが、お互いの合鍵を交換し合い、週の半分くらいはどちらかの家で過ごしている二人にとって相手の家はまさに自分の家のようなものだ。なので、羂索のこの行動は二人の間ではまったく異常なことではなく、至って日常的なものだった。
それに二人はただの相方ではなく恋人でもある。お互いがお互いの部屋にいるのにいったい何の不都合があるだろう。
二人の関係性が相方でしかなかった時から特に用があろうとなかろうと、髙羽の都合が良かろうと悪かろうと、羂索が来たいときに来て、使いたいときに合鍵を使っていたのだから、羂索の行動は恋人云々以前の問題なのでは? という意見も一部にはあったが、そんな指摘をされたところで羂索は何の痛痒も感じなかった。大切なのは今である。
確かに合鍵を交換した当時はまだ恋人ではなく、そもそもの発端も頼るべきときに人を頼らない髙羽が風邪をこじらせて肺炎になりかけた、という甘さの欠片もないものだったが、以前から髙羽に並々ならぬ思いを抱えていた羂索としては、合鍵さえ交換してしまえばあとはこっちのものだったのだ。
お互いに何かあったときのために、そもそも何かなんて起きないように、といった交換時の大義名分は早々にどこかに消えた。利用できるものは塵ひとつに至るまで利用するのが羂索である。せっかく手に入れたものを活用しない手はない。問答無用で髙羽の部屋に行くことで一緒に過ごす時間が増えるのはもちろん、髙羽に変な虫がついていないか、髙羽が自分の知らない間に誰かに好意を抱いたりしていないか、なにか隠しごとをしたりしていないか等の確認もできる。合鍵には一石二鳥どころか一石五鳥くらいの利点があった。
だから、相方時代からいま現在の恋人という関係に至るまで羂索はこれ以上ないほど合鍵を有効活用していたし、おかげで一言では語り尽くせないほどの出来事があったものの、こうして無事に髙羽の恋人の地位を勝ち得ることができたのだ。
ちなみに、一方の髙羽はというと羂索とは対象的に交換してから今に至るまでほとんど合鍵を使ったことがない。もちろんこれは二人の愛情の差でなく、髙羽が常識の範囲内でしか合鍵を使っていないからだ。言うまでもないが、濫用しまくっている羂索の方が常識の範囲外なのである。
お互いの合鍵の使用頻度には天と地ほど差があり、もはや一方的に髙羽が合鍵を握られているに等しいが、見ているかぎり髙羽自身がそんな状況に疑問も不満も感じている様子はないので問題はないのだろう。
なんなら相方時代から誰かが部屋で自分を待ってくれている、という状況に髙羽は幸福感さえ感じているようだった。家主不在の部屋に当然のような顔をして居る羂索を見つけるたびに髙羽はふやふやと笑っていた。その相手が自分だからだとは思うけれど、こんなに危機感がなくていいのだろうか。髙羽が寝ている間に部屋に上がり込んだことだって、もう数え切れないほどあるのに。
別に毎回寝ている髙羽に手を出そうと思って侵入しているわけではないが、だからといって下心がないわけではない。だけど、ここまで信頼されていると正直ちょっと手が出しづらい。それは二人の関係が相方から恋人になっても変わらなかった。
まさか自分がそんなことを思う日が来るなんて、と髙羽の暢気な笑顔を見るたびに羂索の胸は面映ゆいくすぐったさで揺れた。おかげで髙羽に合わせて進む二人の関係は成人同士のカップルとは思えないほどゆっくりとしたものだったけれど、羂索はその状況に一切不満はなかった。そういったことで悩む日々は羂索にとって新鮮であり、どうやってこれから髙羽との関係を進めていこうかと考えるだけでも楽しかったのだ。
現状は舌を入れたキス止まり。一足飛びに次はセックスなんてことは言わないが、そろそろ抜き合いくらいまでは進めたい。なんなら髙羽自身に触れせてもらえるだけでもいい。一方的に髙羽を高めるのもそれはそれで楽しそうだし、最終目標は挿入込みのセックスなのでまずは羂索が触れることに慣れさせたかった。男の身体は挿れたいからといってすぐに挿れられるものではない。それ相応に準備が必要なのだ。
でも、なによりも大切なのは髙羽を怖がらせないことだ。羂索は自分のことを善人だなんて思ったことは一度もないし、もちろん自分に関わった者でそんなことを思っている者も一人もいないだろう。別に羂索だって誰に何を思われたって構わない。
だけど、髙羽にだけは別だった。没義道なことはしたくないし、そうだとも思われたくない。髙羽の信頼を裏切ることはしたくなかった。
だから、ずっと考えていた。不慣れな髙羽に合わせて、自分を信頼している髙羽に合わせて、ゆっくりでいいから自分を受け入れていってもらうにはどうしたらいいか──そう、考えていたのに。
まさか、髙羽が帰って来るまでの暇つぶしにと部屋の中を漁った結果、こんなものを台所の戸棚から見つけることになるとは──。
「……一応確認しておきたいんだけど、これはディルドってことで合ってる?」
「…………合ってます」
銭湯から帰って早々羂索に詰め寄られ、誰に言われるまでもなく正座の姿勢で羂索の前に座った髙羽は顔を伏せたままそう答えた。
二人を包む部屋の空気は冷え切っていた。だが、その空気とは裏腹に羂索の心はぐらぐらと煮え立っていた。
──ディルド。男性の性器を模したいわゆる大人のおもちゃであり、女性や一部の男性が自慰のために使用するものである。
ほかの用途は今の羂索にはちょっと思いつかなかった。それは怒りで視野狭窄になっているせいなのか、本当にほかの用途がないのかは分からないが、とりあえず今の羂索にとってそんな問題は些末なことだった。ほかの用途があってもなくても羂索の怒りは変わらないのだから。
羂索だって、これに「けんじゃくくん一号」なんて名前がついていなければもう少し冷静でいられた。
少なくとも帰ってきた髙羽を目の前に座らせたときは今よりはまだ冷静であったのだ。羂索がこれを発見したときに頭に浮かんだ、髙羽に劣情を抱いているストーカーまがいのファンが一方的にディルドを送りつけてきて処分に困ったものを仕方なく戸棚に隠していた、という可能性だってゼロではなかったのだから。
だがしかし、そんな羂索の希望的観測も髙羽の返答で露と消えた。流石に人から送りつけられた性具に恋人の名前をつけるほど髙羽は馬鹿ではないし、いくら恋愛の機微に疎いとは言ってもそれくらいのデリカシーはあるだろう。
そうなるとファンからの贈り物説は必然的に消えてしまう。そしてその可能性が消えると、ここにこれがある理由はひとつしかない。用途も考えられる限りひとつしかない。
気を抜くと怒りで満ちたため息が無限に出そうだった。それをなんとか飲み込んだのは、ため息ばかりついていても話は終わらないし、訊きたいことを訊いておかないと自分の怒りも収まらないと羂索は知っていたからである。訊きたいことを訊いた結果、怒りが更に倍増する可能性ももちろんあったけれど。
「いろいろ言いたいことはあるんだけどさぁ、とりあえずけんじゃくくん一号ってなに? 私が知らないないだけで二号もあるの?」
「なななな、ないです……! いまはまだ……!」
「あ゛ぁ゛?」
だめだ、やっぱり倍増した。最初のあ゛、よりも更に低い声が出た。二十と余年生きてきて自分でも初めて聞いた声が出た。羂索の問いに髙羽は俯いていた顔を上げて慌てて否定したが、否定すればいいというものでもない。
それよりもまだ? まだってなに? これからも続々と買う気だったっていうこと? こんな性器を模したものを? まだ私が入ったことのない場所に私より先に入るものを? いや、分からないけど。未使用の可能性も僅かながら残っているから罪状に関してはまだ考えるべき余地があるけど。
正直、未使用にしろ使用済みにしろこんなものに羂索の名前をつけていたことは許しがたい行為ではあるが、未使用だったら少しは罪の重さを軽くしてやらないこともない。無期懲役が懲役百五十年になるくらいの違いでしかないが。
というか私のこんなに小さくないんだけど。トイレとか風呂で見たことあるだろうが。確かに完勃ちしたものを見せたことはなかったけれど、見せろと言われれば秒で見せられる。こちとら心身ともに至って健康な成人男性である。髙羽がちょっと協力さえしてくれれば資料はすぐさま提供できるのだ。まだ自分と同サイズのものだったら可愛げがあったのに。なんなら型を取ってくれたって構わない。完璧に自分のものを型取ったオーダーメイド品なら許してやらないこともな──いや、やっぱり許せないな。
残念ながら、何をどう足掻いたところで怒りの沈静化は図れなかった。正直、喚き散らしたい気持ちで既にいっぱいだったが、諸々の感情とため息を羂索はもう一度ぐっと飲み込んだ。まだ一番重要なことが訊けていない。
「……分かった。とりあえずいま持ってるのはこれだけってことね。で、私としては今のところこれの用途はひとつしか浮かばないんだけど、念の為なんでこんなものが君の部屋にあるのか訊いても?」
「……え、えーっと……その……お、おしりにいれるため?」
えへ、とぎこちなく笑ってこの場の空気を和らげようとする髙羽に、びきっと羂索のこめかみに青筋が浮かんだ。
目の前の相手がなんとかギリギリの状態で平静を保っているということを分かっているのか、この男は。まだ罪状が確定していないから何とか今の状態を装っているだけで、罪状が確定したら羂索自身でもどうなるのか分からない。
だって、もしかしたら羂索の知らないあいだに髙羽の身体がどすけべボディに仕上がっていた可能性があるのだ。自分が一から開発したかったのに。自分が何もかも最初から教えたかったのに。
あ、駄目だ。改めて考えたら本当に切れそうだ。これは比喩でも何でもなく本当に血管が、という意味で。というか既に一、二本切れていてもおかしくはない。とはいえ、いくら怒り心頭に発していたとしても自分の死因が、恋人がディルドを持っていたストレスで──なんていうことになるのは羂索も避けたかった。
羂索は自分の血管が切れないように努めて冷静に、なるべくではあるがいつも通りを心がけて笑顔を浮かべた。
「……じゃあ髙羽、あとひとつ訊いてもいいかな?」
「ひゃいっ」
羂索の笑顔から何か伝わるものがあったのか、髙羽が声を裏返させながら返事をする。
「もう使ったの、これ?」
「……な、なんでそんなこと訊くの?」
「使用済みか未使用かでこの後の対応が変わってくるから」
「も、黙秘権は……?」
「あるわけないだろ、んなもん」
トーンを落とした羂索の声にぴゃっと背を正すと、髙羽は「し、使用済みです……!」と無情な答えを口にした。
髙羽の答えに場が静まる。目を瞑った羂索が息を深く吸って吐く音だけが響いた。
「……け、羂ちゃん?」
「──よし、消す。塵も残さず消す」
「うわぁあああ待って! 俺だってなけなしの金使って買ったんだからそんな簡単に消さないで! 今の俺には必要なもんなんだよお……!!」
そのまま握りつぶしそうな勢いでディルドを掴んで立ち上がろうとする羂索の腰に、髙羽が慌ててすがった。
お願いだから消さないで壊さないで、と泣きそうな顔をしながらすがる髙羽と、何がなんでもこの憎き物体をこの世から消し去りたい羂索とでしばらく攻防が繰り広げられたが、滲みはじめた髙羽の涙に免じて羂索はひとまず怒りの矛を収めることにした。収めることにしただけで怒り自体はまったく消えていないが。
改めてお互いに向き合って座り直すと、羂索は大きくため息を吐いた。
「あのさぁ、一応訊くだけ訊くけどなんでこんなもの買ったの? 私がいるっていうのにこんなもの必要? それとも私と付き合うようになる前から使ってたわけ? 私より付き合い長いの、これ」
「ち、ちがっ……!」
羂索の言葉に髙羽が傷ついたように瞳を揺らしたが、傷ついてるのはこっちも同じだ。楽しみにしていた恋人の初めてを大量生産の道具に奪われた私の気持ちが分かるか。道具相手におかしいと思われるかもしれないが、羂索にとってこれは立派な浮気だった。
自分よりも先に髙羽を暴いたものがあること。中に触れられた髙羽が、どんな反応をして、どんな声で啼くのか、自分がまだ知らないそれを知っているものがあること。無機物だろうが何だろうが関係ない。自分以外のもので髙羽が快楽を得たのならそれは浮気以外の何ものでもなかった。
こんなことをされるぐらいなら、寝ている間に部屋に入ったとき勝手に慣らしてやればよかった、と羂索は心の底から思った。考えるだけで、ぐらぐらと煮え立つ怒りとは別に腹の底がすっと冷える感覚がする。
「へえ……違うってなにが?」
「け、羂ちゃんと付き合うようになってからだよ、これ買ったの……。っていうか羂ちゃんと付き合うようになったから買ったというか……」
「はぁ? なに、どういうこと?」
「えっと、……俺、その……羂ちゃんとえっちしたくて」
「──は?」
あまりに予想外な発言に煮え立っていた怒りが一瞬、飛んだ。
怒りで耳までおかしくなったのかと思ったが、さっき聴いた髙羽の声は確かな質感を持って羂索に届いた。幻聴でもない、夢でもない。確かに目の前の髙羽が言った。色んな意味で衝撃が大きすぎて言語野が仕事を放棄している。最初に漏らした「は?」以外の言葉が出てこない。
一方、自分の発言が羂索にそんな多大な衝撃を与えているとは露知らず、髙羽は顔を俯かせながら話を続けた。
「……け、羂ちゃんがどう思ってるか分かんないけど、俺だって羂ちゃんのこと好きだからちゅーしたいなって思うときあるし、もっと触りたいなぁとか触られたいなぁって思うときあるよ。もちろん羂ちゃんとちゅーするだけでも幸せだし気持ちいいけどさ、でもやっぱりちゃんと最後までしたいなって思って……」
段々と声がちいさくなる髙羽に、愛しさなのかいじらしさなのか自分でも分からない感情で、羂索の胸がかすかに軋んだ。
何の言葉も返さない羂索の反応がこわいのか、話が続くにつれ髙羽の顔は更に俯きがちになっていく。
「でもえっちするにしても俺、男と付き合うの羂ちゃんが初めてだったから何も分かんなくて……。そんで、調べたらすっごい面倒くさそうだし、大変そうだし、それに事前にちゃんと慣らしておかなきゃ挿らないって……。男同士だと触り合いとかだけでちんこ挿れない人たちも多いって書いてあったけど、羂ちゃんが俺に挿れたいかどうかも、俺とどこまでする気かも分かんなかったけど……準備しないよりはしておいた方がいいかなって思ってさ……。それで初心者用って書いてあったそれ買って一人でちょっとずつ慣らしてた……」
馬鹿と真面目が合わさると本当に手が負えない。変な方向に暴走するのは仕事のときだけでいいのに、なんで二人のことでまで暴走するのか。
言いたいことは山ほどあった。セックスなんてしたいに決まってるだろとか、抜き合いだけでなんか満足できるかとか、挿れる以外の選択肢があるかとか。
確かに、髙羽の反応を見て何も言わずにスローペースで進めていた自分も悪いのかもしれない。その時々で髙羽の気持ちをちゃんと確認しなかった自分にも反省すべき点はあると思う。確認が足りなかったのはどっちもだと言われればそうだけど、でも──。
「……なんで何も私に訊かないで決めちゃうかなぁ」
「だって、羂ちゃんに手間かけさせたくねぇもん……。そういう面倒くさいのとか煩わしいのとか出来るだけないほうがいいじゃん。だから、先に準備してた方がいいかなぁって思って……」
馬鹿だ。大馬鹿だ。
面倒くさいとか、煩わしいとか、そんなことを思うと本気で思っているのか。今まで、あれだけ好きだと伝えた自分の気持ちをなんだと思っているのだ。伊達や酔狂でこんなこと出来るか。羂索がらしくなく、自分のしたいようにではなく相手に合わせようと思ったのも、信頼を裏切りたくないと思ったのも、ぜんぶぜんぶ髙羽が相手で、ぜんぶぜんぶ髙羽が好きだからだ。面倒くさいなんて、そんなこと考えたことすらない。
ぐるぐると胸にわだかまった感情がため息となって吐き出される。その音に俯いたままの髙羽の肩が跳ねた。
「ねぇ、髙羽」
髙羽が膝の上で握っていた手をぎゅうっとかためたのが見えた。
痛々しくて、かわいそうだと思う。だけど、ちゃんと伝えなければこれからの自分たちがもっとかわいそうなことになる。
「……あのさぁ、私たちってなに? 恋人だと思ってたのって私の勘違いだった? 違うよね。セフレが欲しくて君に告白したんじゃないんだよ。単純に挿れて出して、面倒くさいこと取っ払ってすっきり出来ればそれでいいわけじゃない。君が好きだから触れたいし、触れられたいし、そういった気持ちの先にセックスがあるんだろ。面倒くさいとか煩わしいなんて思うわけがない。万が一、億が一そうだったとしてもそういうのって二人で協力して乗り越えていくものなんじゃないの? それが恋人ってものなんじゃないの? 面倒くさいことも煩わしいもことも、君とだったら私はしたいよ。そのときは大変かもしれないけど、それだってきっと私たちの大切な思い出になる。少なくとも、私はそう思ってるよ。ねぇ、髙羽、私なにか間違ったこと言ってるかい?」
そう諭すように問いかけると髙羽は俯いたまま、ふるふると首を振った。首を振ったあとも髙羽は声もなく下を向いて、羂索に顔は見せてくれなかった。顔を上げて欲しくて何度か名前を呼んでも、髙羽はそのたび頑是ない子どものように首を振るばかりだ。
「髙羽」
俯いたままの髙羽に近寄ってもう一度名前を呼ぶ。
頬に手を添えてそっと顔を上げさせると、涙で濡れた瞳がようやく羂索を映した。眦を赤くさせて、小さく鼻をすすりながら、髙羽がぽつんと声を落とす。
「……ごめん、羂ちゃん」
「何にも私に相談しないで決めちゃったの反省してる?」
「してる……」
「じゃあいいよ。私のことを想ってしてくれたっていうので今回は許してあげる。それに、君がどうしたいのかってちゃんと訊かなかった私も悪かったし」
私もごめんね、と言って抱きしめると髙羽は喉を震わせながら羂索の肩に顔をうずめた。肩が濡れる感触がする。でもそれは決して不快なものではなかった。
言葉にならなかった髙羽の思いがじわりと羂索に染み込んでいく。羂索の服を子どものように握りしめる髙羽の背をあやすように撫でて、羂索は愛しい恋人のこめかみにひとつ口づけを落とした。
「お願いだから、もう二度とこんなことしないでね。何か私たち二人のことで悩みとか考えてることがあるなら、ちゃんと私に相談して。私ももちろん君に言うから。二人の問題はさ、ちゃんと二人で解決してこうよ」
「……うん」
「さっきは怒ってごめんね」
「……うん」
「今日も後ろ、きれいにしてきたの?」
「……うん。……今日もするつもりだったからトイレ借りてしてきた」
「そっか」
羂索が背を撫でる衣擦れの音と、髙羽が鼻をすする音だけがしばらく響いた。
そして数秒の平穏な時間が流れたあと、羂索の手が流れるように髙羽の背からズボンへ滑った。
「ねえ、髙羽」
「……うん」
「ケツ出してもらっていい?」
「…………へ?」
羂索の言葉に髙羽が肩から顔を上げた。
まんまるく見開いた目からは、さっきまで流れてたはずの涙が消えている。ぽかんとこちらを見つめるどんぐりまなこが大変愛らしい。
そんな愛らしく可愛らしい恋人を前に、一方の羂索は先ほどまでとは一転変わって春を忍ばせたような空気を纏っていた。
「許してはあげるけど、慣らすの慣らさないのはまた別の問題だからね。私、君の開発するのすっごく楽しみにしてたんだから。それにさっきも言ったけど二人の問題は二人で解決していかなきゃ」
手にかけたズボンをそのままぐいぐいと下げる。床にくっついた尻がつっかえて最後まで下ろせなかったので、羂索はそのまま髙羽を押し倒してズボンを脱がせることにした。処理が追いついていない髙羽を置いてずるんと足を抜いてしまえば、残すは下着一枚のみだ。
え、え、え? と戸惑うばかりの髙羽がかたまったまま羂索を見上げる。下着に手をかけた羂索の声はなんとも軽やかだった。
「ね、髙羽。いい思い出にしようね」
そこから二人の関係が一足飛びどころか、十足飛びくらいの勢いで進んだのは言うまでもない。
とんちきなんだかいちゃなんだか書いた本人もよく分かってません。
20240405